2015年4月12日11時6分
山口県周南市大津島
大津島探訪も大詰めです。最後に訪れたのは謎の隧道。
何かというと、資材運搬用の軌道線のため掘られた隧道です。前回記事で見た魚雷調整工場からこの先に続いている謎の施設までを繋いでいました。
謎の施設へはこの道しかありませんので、必ず通ることになります。
軌道は単線だったようですね。まあ当然か。
レールの跡がはっきりと残っているので当時の様子は想像しやすいです。
隧道の真ん中辺りで複線が現れました。ここで列車交換が出来ます。
待避線が始まる辺りには横穴が開いていて、外に出られます。退避孔にしては立派なように見えますので、何かの設備に繋がっていたのではないでしょうか?
まあただ、何かあったのかと思えるようなものは見つけられませんでした。眺めは良い。
複線は数十mくらいありました。壁には当時のこの島での写真が掲示されています。
複線が終わるとそのまま左カーブ。そしたら出口です。
トンネルを出るとそこには謎の施設が目の前に現れます。
これは魚雷発射試験場です。文字通り、九三式酸素魚雷の試験を行っていたんですね。回天の訓練もここで行われました。
軌道跡の橋をわたって到達できます。ここにはレールの跡はないですね。
ドーンときます。意外と大きいですな。
ここが魚雷の投下場所。魚雷を下ろすのがせいぜいという大きさの穴で、魚雷より直径の大きくなった回天はここから下ろすことが出来ず、新たにクレーンを設置してそれを使って海面に下ろしていました。
2階は観測所か指揮所だったところですかね。金網が立てられているので立ち入ることは出来ません。
あとは写真手前の網で塞がれている大きな穴は何だったのか気になる所ですが分かりませんでした。
クレーンの支柱跡が残っています。ここから回天を下ろしていました。
あとは潜水艦への積み込みもこれを使っていた・・・はず(覚えていない
というわけで発射場跡でした。当時の様子がよく伝わってくる遺構でした。
帰りがけに基地の営門を発見。門の遺構はよく見かける印象です。
なんてことのない空き地ですがよく見ると、写真右によく海の男が片足を乗せてポーズを決めるアレ(名前がわからない)があります。
昔はここが桟橋だったということですね。
キャンプ場。ここは何が建ってたのかな?
馬橋の港に戻ってきました。
島の奥には砲台跡、探照灯跡とまだ遺構があるのですが、残念ながら帰りのフェリーに乗る時間です。山口城に続きまたもや時間が足りなくなるという結果に。
それにしても、戦争の訓練をしていたのか?と思わせるような綺麗な海ですね。
ぬこ。ちなみにカナダでは猫は殆ど見かけません。
帰りは大津島巡航の「フェリー新大津島」に乗船します。こちらは車も積める完全なフェリー。これにはワイ選手も納得。
というわけで徳山に戻ります。また来ます。
その10へ→