ヤンクス航空博物館 星戦士の格納庫ジェット機軍団の後編です。
こいつはコンベアF-106Bデルタダート(1956年)です。これは初めて見る機体です。
前回のF-100スーパーセイバーから続くセンチュリーシリーズの6番目の機体(F-103は欠番)にして軍団の最後を飾る機体です。デルタ兄弟の弟で、F-102デルタダガーというよく似た兄がいます。
アメリカ本土を火の海にしにやってくるソ連の核爆撃機を叩き落とすための全天候型迎撃機です。SAGE(セイジ)という敵爆撃機を発見・追跡・要撃するための地上の制御システムと接続することで自動操縦・自動攻撃を行ってしまうスゲーやつで、パイロットは離陸と着陸以外は座っているだけというパイロットの存在意義とは?と考えてしまう機体です。
この装置は始めは兄のF-102の時点で完成するはずだったんですが開発に手こずってしまい、F-102はとりあえず暫定で配備してしまってその後完成形のF-106が姿を表すことになるのです。
こいつについては兄のF-102と合わせて紹介した方がいいので、今日のところはこのくらいで・・・。
正面。
風防の真正面に窓枠があって、操縦しにくくないのかなとか思ってました。でも離着陸以外はすることないからこれでいいのか?
なお武装はジーニー空対空核ミサイルです。敵の爆撃機を撃ち漏らしてはならないのでね、核武装しないとね。本当、狂ってたと思います。
馴染みのあるあいつことロッキードF-104Cスターファイター(1954年)
星戦士の格納庫、つまりスターファイター・ハンガーと名の付く建物なのでF-104でもいるのかな?と思いながら見学していましたが、本当にいましたね。
小型の迎撃戦闘機っていう機体ですが、なんでこいつが生まれてきたのかよく分からんといったところ。この頃の米空軍の戦闘機は戦闘爆撃機か迎撃戦闘機しか存在できなかったのですが、それぞれF-105とF-102/106という本命がいるわけです。
で、F-104はその小ささゆえにどちらに対応させるにも中途半端なわけです。実際米空軍でも使い所に悩んだようでちょっとだけ採用してソッコーで退役させたらしいです。後は日本を始めとした海外にドカドカ輸出されていきましたね。
同様の存在意義がワケワカメな機体はもうひとつF-101ってやつがいるんですが、これもまた今度。
この機体は、アメリカ空軍に就役せず、さらに飛行もしたことがないという究極の箱入り娘とでも言えますでしょうか。一応、新型の部品の試験に供されたようです。
御存知マクドネル・ダグラスF-15Aイーグル(1972年)
F-15が博物館入りする時代なのか・・・。初期型のA型とはいえ少しショック。とは言え初飛行が45年前の機体と考えると腑に落ちます。これも長寿機ですよね。
ベトナム戦争でセンチュリーシリーズが手も足も出ずにボコボコにされたのを目の当たりにして、このままじゃちょっとやばいっぽいと気づいたことで開発されたF-86以来の制空戦闘機。初飛行以来数十年に渡って第一線を張り続けている名機ですね。改めて書くこともないでしょう(手抜き)
F-104とF-15の並び。体格差がすごいですね。F-15がでかいのもありますがF-104が小さすぎなのだと思います。
ちなみに奥にはF-16がいます。それが見たいんだ、見せてくれよ。
ここから海軍機が続きます。グラマンF-14Aトムキャット(1974年・1日ぶり2機目)
昨日の西部航空博物館でも見たF-14。塗装も昨日と同じVF-2「バウンティハンターズ」です。
アメリカ海軍の艦上戦闘機で、この頃流行ってた可変翼を採用しているのが特徴ですね。主翼が可動することで後退角の角度を変えることが出来、低速では主翼を展開して揚力を稼ぎ、高速では主翼を畳んで空気抵抗を抑え、速度により理想的な形状を得られるんだというのが利点。ただそれ以上に欠点の方が大きかったです。上記の利点を帳消しにする可変翼装置の重量の重さと、装置の複雑さから来る整備の難しさと維持費の高額さがアレしてしまい、現在新しく開発されている機体には採用されていない技術です。
とはいえ見た目にはかっこよくてロマンがある装置なので、そりゃもう人気です。往々にして兵器におけるロマンと実用性は相反する存在ですね。
この機体は各部隊を渡り歩いた転勤族で、その中で最初に配属されたのがバウンティハンターズなので、いい加減な塗装をされていることの多い中で、ちゃんと縁のある塗装をされているわけです。
F-14、F-104、F-15、F-106。
存在を知らなかった機体、グラマンF11F-1(F-11A)タイガー(1954年)
アメリカ海軍の栄えある艦上戦闘機なんですが超が付くほど地味なので今まで知りもしませんでした。一応F-102で発見されたエリアルールを初めて最初の設計段階から盛り込んだ機体という肩書があるそうな。ブルーエンジェルスの使用機体でもあったんですが、何も知りませんでした。たぶん日本人の230%は知らないんじゃないだろうか。プラモデルもハセガワが大昔に発売したのがせいぜいじゃないでしょうか。
なにせ1956年に海軍デビューしてから2年後にF-8クルセイダーに主力を奪われ、その3年後には超速攻退役を決めていますのでさもありなん(ブルーエンジェルスなど後方の機体は1969年まで使われたそうですが)。性能がイマイチだったんでしょう。名前もタイガーで一応ネコ科ですが伝統のキャット系ではないのもパッとしません。
脱線しますが、前回に空軍のF-5E/F戦闘機の名前は「タイガーII」で2代目なわけですが初代はどこだ?という話をしましたが、このF11Fがそれに当たるのでしょう。初代がこんな地味機体じゃ知らんわけだ。
このヘボな機体を造ったせいで干されたのか、これ以降F-14が採用されるまでしばらく空母機動部隊からグラマン製戦闘機は姿を消します。
もう一度脱線しますが、タイガーにはF11FとF-11という2つの型式を持っています。前者は海軍独自の付番規則を持っていた時代の型番で、後者は1962年に航空機の型番をアメリカ軍全軍で統一後に付番され直したものです。F-11の11はF11Fの11から来ているだけで、意外とテキトーなんだなアメリカ軍。
なので、F-11という比較的遅い番号を持っていますが、実はそれよりも若い番号を持つF-4ファントムII(1958年)やF-8クルセイダー(1955年)の方が年下なのです。
この機体は1957年に製造されてVF-21「マッハバスターズ」に配属され、1960年からは後方の訓練部隊に転属になり1967年に退役したそうな。塗装はVF-21時代のものです。
こっちは知名度が高いダグラスA-4Cスカイホーク(1954年)
これもアメリカ海軍の艦上機で、こっちは攻撃機です。小型、軽量、高機動の傑作機で、25年に渡って2900機が生産されました。結構多い数だと思います。そいで、まだ軍隊で現役の機体がいるらしいですね。
C型はレーダーを搭載して全天候能力を付与したもの。最初はレーダー無かったのか・・・。でも機体が小型で拡張性が乏しいのが災いして、レーダー能力は限定的だったらしい。
海軍機ズララッ!
なんじゃこりゃ?と思って書かれている文字を読んでみると、F-111戦闘機のコックピットブロックらしい。ていうことはアレか。空軍の戦闘機なんですが、海軍も採用する話はありましたし、一応ね?F-111はまた後々出てくるのでどんな機体なのかは割愛します(手抜き)
F-111は複座の戦闘機なんですが、なんでか2つの座席を前後ではなく左右に配置するという特異っぷりを見せています。他の複座戦闘機は漏れなく前後方向に配置していますからね。
それでアレとは、そもそももし空中で脱出する事態になったとき、他の戦闘機だとシートからロケット噴射させて天蓋を突き破って上へ脱出していきますよね。でも仲良く横並びに座るF-111ではどっちか片方が脱出するともう1人はシートの噴射で丸焼きにされてしまいます。
そこで考え出されたのは、だったらコックピットまるごと脱出させてしまえ!という豪快なものでした。そんなんアリかと思いますが、本人たちは大真面目なんでしょう。でもコイツより後にこんな方式を採用している戦闘機なんてないので、やっぱりダメだったんじゃないかと。
ところでこの展示だと天蓋が開いていますが、乗るとき窮屈そうだなぁって。
グラマンのマイナー機のひとつグラマンRF-9J(F9F-8P)クーガー(1951年)
アメリカ海軍の艦上戦闘機なんですが、どうもキャットの名の付かないグラマン戦闘機は地味ですね。朝鮮戦争では実戦も経験しているんですけども。
当初は直線翼を採用していて名前もパンサーだったのですが、後退翼を持つMiG-15やF-86に性能で見劣りするのでF9Fも後退翼化します。型式だと6型(F9F-6)以降、1962年の型式統一後はF型(F-9F)以降が後退翼機となっています。これに伴い名前もクーガーと改められています。
この機体はクーガーの写真偵察型で、機首にカメラが追加搭載されていますので、機首形状はだいぶ変わっています。「アヒルのくちばし」というあだ名が付けられていたとか。チョッパヤが命の偵察機なので余計な重量になる武装は全部降ろされています。
カメラは収まっていませんでした。残念。
はい、これでヤンクス航空博物館編は以上です。
ライトフライヤーから超音速戦闘機までまんべんなく展示されていまして、収蔵機も有名所から他ではめったに出てこないようなマイナーものまであり、ここで初めて見た機体も多く大漁でした。
ヤンクスは蒐集と復元を継続して行っているので、どんどん機体が増えています。10年後に再訪したら前回は見なかった機体がそこら中に展示されているのではないでしょうかという感じでした。
この次に行くプレーンズオブフェームの隣りにあるので、そこと合わせて訪れるのがおすすめです。1日で時間が足りると良いですが。
さて、次回からは日本でも名前が知られているプレーンズ・オブ・フェーム博物館に討ち入りします。
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