2018年9月21日(金) 14時48分鹿児島県姶良郡湧水町 JR吉松駅肥薩線の観光列車「いさぶろう」号の終点、吉松駅へ着きました。さっきは宮崎県にいましたがすぐに抜けてしまい、もう鹿児島県に入ってしまいました。肥薩線はこの先も隼人駅まで延びている他、吉都線が乗り入れています。矢岳越えの南側の拠点としてかつては機関区もある大きな駅でした。
吉松駅では列車を乗り換えるだけですが、待ち時間の間にどうしても見ておきたかった物が駅前にあるので、急いで一旦改札の外へ。それとは、駅前に保存されているC55形52号機です。実は吉松駅にはかつて2010(平成22)年に乗り換えで立ち寄ったことがありました。その時もC55を見に行ったのですが、すでに夜中で辺りも暗かったため実物は見れたものの写真撮影はできずに悔しい思いをしました。そのリベンジができる日が来たのです。
C55形は、1935(昭和10)年から1937(昭和12)年にかけて62機製造された亜幹線用のテンダー蒸気機関車です。一時、流線型の覆いを装着してスピード野郎を狙っていた頃もありました。あの頃は若かった・・・。C51の後継機で、ひとつ前のC54が攻めた設計をした反省が取り入れられています。その割に生産数が少ないのは、早々にC57の生産に切り替えたからです。スタイルでいえば鉄道省の制式機の中ではスマートさと力強さをうまく兼ね備えた素晴らしい形状で、一番好きです(流線型のアレを除く)。
あの時も感じましたが、ここのC55は状態が良いのです。今もほぼ変わらぬ状態を保っているのには当時以上に感動します。再び会うことができて本当良かった。とはいえ乗り換え時間短いのでやや慌てながらの観察です。
これの説明看板にも書かれている通り、スポーク車輪が大変魅力的です。さらにロッドには油が差されていて地金が出ています。ロッドがこういう状態だとよく手入れされている機関車だとわかる指標のひとつとなります。
ちなみに、おなじいさぶろう号に乗っていた乗客の1組がこのC55を見て「C55と比べると矢岳駅のD51はぼろぼろだね」みたいなことをつぶやいていました。私は矢岳のD51も状態は良好だと見受けましたが、塗装の表面状態は確かに荒れていました。そこがその乗客たちの評価の分かれ目だったと思います。これは結構示唆に富んでいると思っていて、大抵の場合街や公園の保存車両の評価を下すのは鉄道オタクではない行政担当者や市民であるので、見た目の状態は案外重要なのです。構造が別に問題なく再塗装すれば元の姿を取り戻すような車両でも、見た目が悪いばかりに廃棄処分されてしまう事例は挙げられるでしょう。逆にとれば、とりあえず見てくれさえ良ければ素人の目は誤魔化すことができるとも言えます。まずは見た目をきれいにして、その後目に見えにくい部分の問題を直していけばいいのかもしれないですね。
この個体は1937(昭和12)年3月14日、汽車会社製。初めは小郡機関区に配置され、糸崎、鳥栖、大分、宮崎、若松、吉松、鹿児島を転々として1974(昭和49)年4月26日廃車。翌年1月14日に吉松まで無火回送されて、ここに静態保存されたのだと思います。設置理由は書かれていませんでしたが、いつもの教育目的での国鉄からの無償貸与だと思います。機関区のある町でしたから、吉松に在籍歴のある機体を選んできたのはグッドですね。C55というのも渋くて良いです。吉松在籍時は肥薩線の吉松~西鹿児島と吉都線全線で運用されていました。
スタイル抜群です、はい。トミックスのNゲージが出たときは買いましたからね~。
キャブにも入れます。どのハンドルがどういう役割をしているのかが分かり、ありがたいです。計器類も揃っているみたいで、これすごいね。
石炭投入口の蓋が赤いのも現役の再現?とにかく、吉松駅のC55は必見です。ぜひ行ってみよう。
そろそろ時間なので急ぎ吉松駅に戻ります。駅舎はこんな感じで地方拠点の鉄筋コンクリート造の駅舎を地で行っています。
改札内へ再入場して跨線橋を渡っていると、次に乗る列車特急「はやとの風」が出発待ちでした。発車まで残り数分なので駆け足です。
「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」それぞれのキハ47形が並んでいる光景です。こういうのがいいんですよ、こういうのが。
第29走者:JR肥薩線・日豊本線特急「はやとの風」3号鹿児島中央行(キハ40系)吉松15:01→鹿児島中央16:44それでは「はやとの風」に乗ります。2004(平成16)年、九州新幹線の部分開業時に肥薩線用に、一般用のキハ40系を観光用に大改造して特急列車用に仕立て上げてできた観光特急です。それまでの観光列車は快速列車主体でしたが、特急扱いにして特急料金を巻き上げるようになったのはこのあたりからだったような記憶です。知らんけど。「はやとの風」はすでに走っておらず、車両は西九州新幹線開業に伴う観光列車のために召し上げられてしまいました。今の肥薩線は線路は不通だし観光列車も走らないし、一時期よりもさみしくなってしまいました。
特急料金を取るので、座席は回転式リクライニングシートです。車体の改造は例によって水戸岡鋭治によるもの。木目調の内装にこの木材の薄い座席です。やっぱり枕や座布団が薄いんですよね。
とはいえ、車内に入った時に感じる高揚感とか非日常感とかそういう演出はうまいんだよなと。
最初の停車駅、大隅横川駅に停まりました。約5分間停車するので外に出てみます。
反対側に吉松行のキハ47形が停まっていました。
大隅横川駅の駅舎。やはりこの地域は明治時代に建てられた駅舎の宝庫でありますな。
ほおずきが干されていました。こういうのは季節性や人間の営みを感じさせるので、駅舎が生きているものと認識できるのでいいですね。
三和土の床、角材の柱、土壁と、間取りは駅舎のそれですがそれよりも古民家の土間を感じさせる内装です。
大隅横川駅は1903(明治36)年開業で、駅舎は開業時のものが現存しています。太平洋戦争中は米軍の空襲や機銃掃射にも見舞われましたが生き残っている幸運な駅舎なのです。5分間だけではちっとも堪能できませんでした。またゆっくりと来ます。
というところで今日はここまで。
その19へ→
マイクロエース Nゲージ キハ147+47 はやとの風 2両セット A6079 鉄道模型 ディーゼルカーJR九州商品化許諾済
マイクロエース(MICRO ACE) TOMIX Nゲージ 国鉄 C55形 3次形 北海道仕様 2010 鉄道模型 蒸気機関車昭和40年代に北海道で活躍したC55形が蘇る。
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吉松駅では列車を乗り換えるだけですが、待ち時間の間にどうしても見ておきたかった物が駅前にあるので、急いで一旦改札の外へ。それとは、駅前に保存されているC55形52号機です。実は吉松駅にはかつて2010(平成22)年に乗り換えで立ち寄ったことがありました。その時もC55を見に行ったのですが、すでに夜中で辺りも暗かったため実物は見れたものの写真撮影はできずに悔しい思いをしました。そのリベンジができる日が来たのです。
C55形は、1935(昭和10)年から1937(昭和12)年にかけて62機製造された亜幹線用のテンダー蒸気機関車です。一時、流線型の覆いを装着してスピード野郎を狙っていた頃もありました。あの頃は若かった・・・。C51の後継機で、ひとつ前のC54が攻めた設計をした反省が取り入れられています。その割に生産数が少ないのは、早々にC57の生産に切り替えたからです。スタイルでいえば鉄道省の制式機の中ではスマートさと力強さをうまく兼ね備えた素晴らしい形状で、一番好きです(流線型のアレを除く)。
あの時も感じましたが、ここのC55は状態が良いのです。今もほぼ変わらぬ状態を保っているのには当時以上に感動します。再び会うことができて本当良かった。とはいえ乗り換え時間短いのでやや慌てながらの観察です。
これの説明看板にも書かれている通り、スポーク車輪が大変魅力的です。さらにロッドには油が差されていて地金が出ています。ロッドがこういう状態だとよく手入れされている機関車だとわかる指標のひとつとなります。
ちなみに、おなじいさぶろう号に乗っていた乗客の1組がこのC55を見て「C55と比べると矢岳駅のD51はぼろぼろだね」みたいなことをつぶやいていました。私は矢岳のD51も状態は良好だと見受けましたが、塗装の表面状態は確かに荒れていました。そこがその乗客たちの評価の分かれ目だったと思います。これは結構示唆に富んでいると思っていて、大抵の場合街や公園の保存車両の評価を下すのは鉄道オタクではない行政担当者や市民であるので、見た目の状態は案外重要なのです。構造が別に問題なく再塗装すれば元の姿を取り戻すような車両でも、見た目が悪いばかりに廃棄処分されてしまう事例は挙げられるでしょう。逆にとれば、とりあえず見てくれさえ良ければ素人の目は誤魔化すことができるとも言えます。まずは見た目をきれいにして、その後目に見えにくい部分の問題を直していけばいいのかもしれないですね。
この個体は1937(昭和12)年3月14日、汽車会社製。初めは小郡機関区に配置され、糸崎、鳥栖、大分、宮崎、若松、吉松、鹿児島を転々として1974(昭和49)年4月26日廃車。翌年1月14日に吉松まで無火回送されて、ここに静態保存されたのだと思います。設置理由は書かれていませんでしたが、いつもの教育目的での国鉄からの無償貸与だと思います。機関区のある町でしたから、吉松に在籍歴のある機体を選んできたのはグッドですね。C55というのも渋くて良いです。吉松在籍時は肥薩線の吉松~西鹿児島と吉都線全線で運用されていました。
スタイル抜群です、はい。トミックスのNゲージが出たときは買いましたからね~。
キャブにも入れます。どのハンドルがどういう役割をしているのかが分かり、ありがたいです。計器類も揃っているみたいで、これすごいね。
石炭投入口の蓋が赤いのも現役の再現?とにかく、吉松駅のC55は必見です。ぜひ行ってみよう。
そろそろ時間なので急ぎ吉松駅に戻ります。駅舎はこんな感じで地方拠点の鉄筋コンクリート造の駅舎を地で行っています。
改札内へ再入場して跨線橋を渡っていると、次に乗る列車特急「はやとの風」が出発待ちでした。発車まで残り数分なので駆け足です。
「いさぶろう・しんぺい」と「はやとの風」それぞれのキハ47形が並んでいる光景です。こういうのがいいんですよ、こういうのが。
第29走者:JR肥薩線・日豊本線特急「はやとの風」3号鹿児島中央行(キハ40系)吉松15:01→鹿児島中央16:44それでは「はやとの風」に乗ります。2004(平成16)年、九州新幹線の部分開業時に肥薩線用に、一般用のキハ40系を観光用に大改造して特急列車用に仕立て上げてできた観光特急です。それまでの観光列車は快速列車主体でしたが、特急扱いにして特急料金を巻き上げるようになったのはこのあたりからだったような記憶です。知らんけど。「はやとの風」はすでに走っておらず、車両は西九州新幹線開業に伴う観光列車のために召し上げられてしまいました。今の肥薩線は線路は不通だし観光列車も走らないし、一時期よりもさみしくなってしまいました。
特急料金を取るので、座席は回転式リクライニングシートです。車体の改造は例によって水戸岡鋭治によるもの。木目調の内装にこの木材の薄い座席です。やっぱり枕や座布団が薄いんですよね。
とはいえ、車内に入った時に感じる高揚感とか非日常感とかそういう演出はうまいんだよなと。
最初の停車駅、大隅横川駅に停まりました。約5分間停車するので外に出てみます。
反対側に吉松行のキハ47形が停まっていました。
大隅横川駅の駅舎。やはりこの地域は明治時代に建てられた駅舎の宝庫でありますな。
ほおずきが干されていました。こういうのは季節性や人間の営みを感じさせるので、駅舎が生きているものと認識できるのでいいですね。
三和土の床、角材の柱、土壁と、間取りは駅舎のそれですがそれよりも古民家の土間を感じさせる内装です。
大隅横川駅は1903(明治36)年開業で、駅舎は開業時のものが現存しています。太平洋戦争中は米軍の空襲や機銃掃射にも見舞われましたが生き残っている幸運な駅舎なのです。5分間だけではちっとも堪能できませんでした。またゆっくりと来ます。
というところで今日はここまで。
その19へ→
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