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水上機を見た後はラーメン屋に入ってラーメンを食べてきました。無性に日本のラーメンが食べたくなったのだ。
その後は鉄道模型屋に行くためにスカイトレインのスタジアム・チャイナタウン駅まで歩いていたんですが、途中でこんな建物がありました。
ビーティストリート・ドリルホール Beatty Street Drill Hall というカナダ軍の建物です。ドリルホールというのは訓練所という意味ですな。
1901年築のバンクーバー最古の訓練所とのこと。街路樹が生い茂っていて全体が把握しづらかったですが、立派な建物でした。一応現役の軍事施設なのかな?
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で、建物の前には戦車が2台保存されていました!
M4シャーマン?いやちょっと違うな・・・パチもん?と思って車体に貼ってある銘板を見たらラムMk II巡航戦車でした。
アメリカのM3リー中戦車を基にカナダが開発した戦車です。元になったM3は主砲が車体に固定されているので射角に制限があったことと車体がリベット止めなので強度に難ありなどの問題があり、カナダ軍ひいては戦車生産を委託しているイギリス軍からM3では性能に不満があったというのが背景にありました。
なので、ラムでは主砲を旋回砲塔に配置して車体も鋳造品を新たに造りました。よって、M3の面影はほとんど残っていません。どちらかというとM4に近くなっています。転輪を見るとアメリカ系の戦車なのかな?とも思いますが。
製造はモントリオール・ロコモーティブ・ワークス(MLW)、鉄道車両メーカーですね。ところが今まで戦車開発なんてしたことない連中でしたので、エンジン、トランスミッション、車体、砲塔など主要部品はアメリカから調達するという有様でした。
開発は1941年6月に完了して同年11月から量産が始まりました・・・が、翌年からM4シャーマンがレンドリースでドカドカとヨーロッパに送り込まれるようになると、連合国の兵装はアメリカのもので共通化させたほうがいいんじゃね?という考えが広まった結果ラムはいらない子になってしまい、連合国の戦車としては少なめの約1900台で生産中止。実戦配備はされず、訓練のみに使われました。だからこの訓練所に保存されているのかもしれませんね。
なお、ラムの生産中止以降はM4A1シャーマンのマイナーチェンジ版グリズリー巡航戦車を製造したんですが、兵装共通化の波に抗えずこちらもたった188台で生産中止。哀れ。
ただし、MLWはラムおよびグリズリーのシャーシを流用したセクストン自走砲を製造するようになり、こちらは大成功と言える評価を得ています。よかったな。
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後ろ。機銃は撤去されてハッチも溶接されて閉じられていますが、状態は良好です。ラムMk IIは6ポンド砲搭載型で、ちなみにMk Iは2ポンド砲搭載型。Mk IはMk IIまでの繋ぎだったので50台しか生産されませんでした。Mk Iは現存車いないんじゃないかな?
この鋳造車体はM4A1のものに近い形状をしています。が、派生型の常として細かい所が所々異なっています。分かりやすいのは操縦手の覗き窓のある部分の車体が一段低くなっている点ですかね。
実戦にも出て無くて派生型も期待できない戦車なので立体化に恵まれておらず・・・。今後展開されるガルパン最終章にもし出てきてもプラモデルがないという状況です(カナダがモチーフと思しきメイプル高校なる学園艦がいる)。この際だからどっかから立体化されないかな~?
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もう1台の保存戦車がこちら、M4A3E8シャーマン・イージーエイト。
ここを拠点にしていた第28カナダ機甲連隊指揮官D.G.ワージントン中佐が第二次世界大戦中に乗車していた「ボス号」の塗装を再現した車両だと思います。解説によればフランス ファレーズ市の140高地での戦闘で損害を受けたとのことなのでその時の乗機ではないでしょう、たぶん。
イージーエイトについてはおなじみなので端折ります(手抜き
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後ろ側も。
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戦車ではないですが、カナダ海軍が使っていた64ポンド砲もありました。
艦載砲ではなくて、バンクーバー島のエスクイモルト海軍基地を防御するための陸上砲でした。こんな大砲じゃ射程なんてたかが知れてるようなもんですが、大丈夫だったんですかね?
1878年に敵の艦隊がやって来た時に慌てて配備した、と書かれていましたが、これってビクトリア周辺にかつて点在していた砲台陣地のことですか。今も数カ所の跡地が残っているんですが、その時使われていた大砲と確かに似ています。なるほど・・・と一人納得していますが、陣地の跡地に行った時の記事もいずれ書くんで待っていてください。みんなすぐに忘れるだろうけど。
その後大砲はバンクーバー初の民間軍事部隊第5ブリティッシュコロンビア砲兵旅団に渡ったそうな。
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思わぬ収穫を得た後は、スタジアム・チャイナタウン駅へ無事に到着。
この駅はただの途中駅ながら3番線があって(スタジアムで試合開催時の多客対応?)、たまたま保線車両が留置されていました。ディーゼルのスイッチャーでした。
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スカイトレインに乗ってレンフルー駅へ向かいます。
ここから歩いて鉄道模型屋の「セントラルホビーズ」へ行って物色。飛行機のプラモデルと貨車のNゲージを買いましたとさ。
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再びダウンタウンへ。時刻はまだ14時半で、列車の発車まではまだ時間があります。
そこでバンクーバーの観光地のひとつ、グランビルアイランドで時間を潰すことにしました。そこまで走るバスが来るまでバス撮影です。
トランスリンク(コーストマウンテンバス)のNFI E40LFRの14系統。トロリーバスです。架線に対して左側を走っていて、路面電車と比較して多少の障害物なら避けられるのが強みですよね。いやもうだったら普通のバスでいいじゃん・・・とも思いますが。
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トランスリンク(ウェストバンクーバー市営交通;通称ブルーバス)のNova LFS 257系統。
前にも説明しましたがトランスリンクのバスはコーストマウンテンとウェストバンクーバーによる共同運営です。
バスの車体にも違いがあり、ウェストバンクーバー交通の方はフロントにブルーバスの文字があり(自転車ラックが邪魔で見えにくいが)、フロントの屋根にはウェストバンクーバー市章が張り出されています。
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サードウェーブのIC Bus CE。スクールバスです。
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TMC MC-9 Special。キャピラノ吊り橋の無料シャトルに使われていました。あんだけ高い入園料取るんだから無料で妥当だろうと貧乏人丸出しなことを思いました。
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ウェストバンクーバー市営交通 NFI D40LFの257系統。
ブルーバスの旧塗装、BCトランジットの旧塗装の色を替えただけとも見えます。
今日はここまで。
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