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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その5 【2015/07/08~08】

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2015年7月9日(木)12時14分
ブリティッシュコロンビア州ウィスラー ピーク2ピーク ブラッコム山側ゴンドラ駅
ピーク2ピーク Peak 2 Peakというゴンドラに乗ってブラッコム山からウィスラー山へと移ります。
2008年に開通した延長4.4kmのゴンドラです。これにより2つの山の間を短絡できるようになりました。



ゴンドラは大きめです。



これはなかなか怖い。
というのもこのゴンドラは4.4kmのうち支柱があるのは4本だけで、その大部分3kmは支柱無しの区間なのです。この支柱間隔は世界一だとか。もうほとんどぶら下げられてる感じです。
ちなみに谷底からの高さは436mでこれも世界一、乗継できる他のゴンドラやリフトも合わせた総延長も世界一だそうな。3つめの世界一はもうこじつけみたいなもんですが、言ったもん勝ちですねこういうのは。



ちょうど谷底のあたり。川が流れてます。よくこんなところからロープを引っ張りあげたな。これは落ちたら死ぬね。
ゴンドラの索道の真下は建設用地に使われていたのでそれに沿って森林が伐採されています。恐らく今後もメンテナンスに使うでしょうからこのままでしょうね。



なんとも言えない気分のまま反対側のウィスラー山へと向かいます。



はい着きました。なんだかブラッコム山よりも開発が進んでいる感じです。



お昼にします。フィッシュアンドチップスにしました。これにはハズレがないのですな。
飲み物はローベンブロイというドイツビール。日本でも手に入る銘柄だそうよ?これはオリジナルですが、もう一本ラードラーというレモネードと混ぜたものも飲みました。甘い。



今日の野鳥は、レストランのパティオにやってきたハイイロホシガラス Clark's Nutcracker。
羽毛は灰色で翼は黒と地味ですが、英名だと「クラークのくるみ割り野郎」という変な名前をつけられています。なんじゃそりゃ。
「ナッツクラッカー」というのがホシガラスを意味するのだそうです。松の種子が好物で、なるほど名前通りなのだなと。



建物はこんな感じ。土産屋とかも入ってます。



さて次はウィスラー山頂上へ向かうリフトへ乗りに行きます。レストランのロッジからは離れているので、10分間くらい歩きます。



絵に描いたような色の湖。綺麗な造成と程々の大きさで、冬にはスケート場にでもなるのかもしれません。



スキーシーズン時のゲート。ここまで雪が積もるのか。



さあ乗ろうと思ってゲートの目の前まで来たのですが、よく見ると何かおかしい。降りてくる人はいるけど、登っていく人たちはいない。
ゲートのお兄ちゃんに訊いてみると、「リフトの調子が悪いから山頂にいる人を降ろしたら今日はもう終わりだよ、明日また来てね☆」と言われてしまいました。げ、マジかよ・・・。明日もう来ないんだけど。



山頂へ行けるトレイルはあるんですけど今から(15時)そこを往復するのも酷なので、ここは無念の撤退。また来ます。



麓へ戻ります。



ウィスラー村を散歩。小奇麗なんですけど趣みたいなのは感じられませんでした。まだ新しいからなんでしょうね。



飯にします。チキンサラダ。



イカフライ。
とりあえず行けるところは行きましたが、2日目はもうちょっとだけ続きます。


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その6 【2015/07/08~08】

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2015年7月9日(水)21時4分
ブリティッシュコロンビア州ウィスラー ウィスラー駅
夕食後、少し間を置いてウィスラー駅に来ました。ロータリーにある踏切が鉄道駅感を醸し出していますが、正直あまり鉄道感は感じないです。というのもここには定期列車来ないんです。
ウィスラー駅は1912年に太平洋大東部鉄道ことパシフィックグレートイースタン鉄道(BC鉄道の前身)により開業しました。晩年にはBC鉄道がノースバンクーバー~プリンスジョージを15時間かけて(朝出発しても終点に着くの夜中だぞ・・・)結ぶ「カリブー・プロスペクター(カリブー・デイライナー)」というRDCによる旅客列車を走らせていましたが、2002年に廃止。BC鉄道も2004年にカナディアンナショナル鉄道に吸収されます。
旅客列車廃止後に一度廃駅になったらしく、2007年に再開業しています。再開業の理由は、ここへ来た目的である観光鉄道のロッキーマウンテニア鉄道がウィスラーに乗り入れてきたからでしょう。ロッキーマウンテニア鉄道については後述。



ホームに入ります。これは駅名標・・・なのか?えらく適当な刺し方してる。



ホーム。これが駅かよ!って感じですが駅だそうです。奥の建物は待合室ではなく職員用の倉庫です。
末期の「カリブー・プロスペクター」がここに停車していた写真があったので再開業時に駅を移設したとかはなさそうです。
ちなみにCariboo Prospectorとは「カリブーの探鉱者」という意味で、カリブーとはカリブー山脈のこと。トナカイのカリブー Caribouとは綴りが異なるので注意。ここはかつて金脈があったのでゴールドラッシュに湧いてたんだそうな。



カナダにもPC枕木があったんだ!(*^◯^*)
今まで木の枕木しか見てなかったんでPC枕木の存在を疑っていたんですが、あったんですね。ひと安心。



22時になると列車がやってきました。ロッキーマウンテニア鉄道です!



うひゃぁ、これはかっこいい!
上記の通りロッキーマウンテニア鉄道は観光鉄道で、バンクーバーとカナディアンロッキーを結ぶ観光列車とそれに付帯する旅行ツアーを運営しています。
観光列車にも色々ありますがこれは金額が結構するお高い列車で、時間もお金も余裕のある人達をターゲットにした列車ですね。ワシには無理じゃ。観光列車というよりJR九州の「ななつ星」みたいなクルーズ列車の部類ですね。
運行時期は観光シーズンである夏のみで、列車の運転日もまちまちなので見たり乗ったりする際は時刻表をよく確かめような!

今到着した列車は「レインフォレスト・トゥ・ゴールドラッシュ Rainforest to Gold Rush」という名前がクソ長い列車で、アルバータ州ジャスパーからプリンスジョージを経由してウィスラーまでを2日間かけて結んでいます。2日間かけて走りますが寝台列車ではなく、夜間は沿線のホテルに宿泊して過ごします。これは他の経路の列車でも同様です。
ちなみに唯一貧乏人でも乗れそうな列車「シー・トゥ・スカイ・クライム Sea to Sky Climb」がノースバンクーバー~ウィスラーで運行されていました。これは同区間を半日で結ぶのでその気になれば列車往復で日帰りもできました。ウィスラーでは何もすることが出来ないでしょうけど。ただ「シー~」2015年で廃止されてしまいました。同区間は「レインフォレスト~」が運転区間を延長する形で継承しています。今「レインフォレスト~」をバンクーバー~ウィスラーだけ乗れるのかは知りませんので各自お調べください。



機関車はEMD GP40-2LW形RMRX8015号機と何かもう1機の重連でした。保有車両は基本的にお古です。



客車。客車は平屋と2階建ての2種類がありますが、平屋客車は全て1950年代に製造された古いものです。ただし内装は徹底的に更新されているので乗る分には不快に感じることはないんだと思います。
これはたぶん乗務員用車両だと思います。



平屋のドームカー。こちらは営業用の「シルバーリーフ」です。さっきの業務用車と元になった客車は同じですが、側窓の大型化と天井の展望窓設置化改造がされています。中身も改装されてるはずですがよく見えず。



シルバーがあるということはゴールドもあるんですな。列車の後ろ寄りに連結されているこの2階建て車が「ゴールドリーフ」です。当然シルバーよりも格上です。
車両はコロラド車輌製ウルトラドーム客車で、これだけはロッキーマウンテニアが新造しました。ウルトラドームという名前は、1950年代に登場したミルウォーキー鉄道のスーパードーム客車を超える客車として設計されたからなんだと思います。
乗客は展望の良い2階席に座って過ごします。窓はドーム状に天井まで伸びているので眺めは抜群でしょうな。1階席はよく知りませんがラウンジか食堂か何かだと思います。
スーパードームが定員0名のいわゆるロビーカーだった(と思うんだけど間違ってたらゴメンちょ)のに対してウルトラドームは座席車です。ここら辺の運用の仕方はサンタフェ鉄道のエルキャピタン客車の方が近いですかね。



ウィスラーが終点なので乗客がぞろぞろ降りてきます。最後尾の開放デッキが出口なんですな。このデッキは展望車の展望デッキも兼ねているのかもしれません。



出口にはちゃんと係員がいて段差にはステップを設けて地面には絨毯を敷いて横には旗も立てるという準備ぶり。カネがかかっているんやなぁ。



なお列車のケツはホーム端に停まったのでこれが限界。ちなみに先頭は短いホームのはるか向こうに停まってるのでこれもまた無理。客乗せる気ないだろと思うくらいホームが短い・・・。



ところが、そういえば跨線橋があったよねというのを思い出してそこから後ろを撮影。こうなっております。デカいな~ウルトラドーム。
この後列車は隣町のスコーミッシュまで回送されていくのですが、さすがにそこまで付き合う気はないのでこれで撤収。これでこの日の行動は全て終了で、B&Bに帰りました。翌日へつづく。


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その7 【2015/07/08~08】

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2015年7月10日(金)10時44分
ブリティッシュコロンビア州ウィスラー ウィスラー山中腹
3日目です。この日はもうウィスラーを離れバンクーバーへと戻るのですが、昨日果たせなかったウィスラー山登頂がどうしても尾を引くので、再挑戦することにしました。幸いにも山頂へのリフトは調子を戻したみたいですんなりと行くことが出来ました。



山頂へ向かうリフト「ピークエクスプレス」に乗ります。既に森林限界を超えていて、地面は岩肌、地形は荒々しさを見せています。よくこんなところに建てたね。



乗り始めて最初は支柱の間隔が短いんですけど中間辺りから地形が一層険しくなっていって、谷をパスするところは間隔が長くなってしまってちょっと怖い。
落ちたら怪我するしカメラも無事じゃ済まないね・・・(昨日のレンズ破損を引きずってる



最後に氷河の上をもうひと跨ぎ。
さっきのは怪我で済むだろうけどこれは死ぬねって深さでした。下の写真撮ってないからアレだけど何か大崩落でも起きたのかと思うくらいのもはや穴と呼べるくらいのものでした。ほんとよくこんなところにリフトを・・・。



横を見るとこうです。ヒエッ!
まさか氷河の上を通るとは。



標高2181mの頂上に着きました。辺りは開けていて地形も均されています。



快晴にもかかわらず空気は澄んでいませんでした。B&Bのオーナーによれば最近起きた山火事がまだ尾を引いているとのこと。
ここから見渡せる山で特徴的なのがブラックタスク山 Black Tusk(標高2315m)で、なだらかな稜線に一箇所だけぴょこんと飛び出た先端部が目を引きます。へんてこな形をしてますが、横から見ると幾分かマシに見えます。
ブラックタスクというのは黒い牙という意味です。その名前に劣らず登頂するには難易度の高い山なんだそうな。ちなみに今調べるまで名前がわからなかったので、それまで私は乳首山と呼んでおりました・・・。



ついでに脱線するとこっちの山火事はやはりスケールが違って、とにかく長時間・広範囲に渡って火事が起こります。カナディアンロッキー周辺なんてのは山火事の本場みたいな感じなんで、BC州でも毎年夏になるとどこかしらで山火事が発生します。夏は雨が1ヶ月間降らないなんてことがザラなんで、とても乾燥しやすく山火事が起こりやすいのです。もはや夏の風物詩。
直接山火事の被害を被らなくてもその影響はさらに広いところで見られます。この写真はこの旅行の直前の2015年7月5日にビクトリアで撮影したものですが、これ空が黄色いですね。これ無加工の写真なんですよ。マジですのよ?
朝起きたら空が黄色くて、最初は自分の眼の色覚異常かついにこの世の終わりを疑いました。なんじゃこりゃ!と訊いてみたらこれは遠くで起きた山火事の煙がビクトリアまで運ばれてきて起きたことなんだよと説明されました。
この時の山火事はバンクーバー島の北部で起きたものなんですが、軽く数百kmは離れていてにわかにはとても信じられるものではありませんでした。こんな世界が黄色くなることが起こるのか・・・。これだけでも大陸の山火事の規模のデカさを知ることが出来ます。

ハイ脱線おしまい。



山頂広場にはこんなモニュメントが。見覚えのある人には「オリンピックの時のアレだね」と気付くと思います。
元ネタは「イヌクシュク」というカナダ先住民が造っていた石造の構造物。イヌイットが標識に使っていたんだそうですが、現在はイヌイット、ひいてはカナダ全体のシンボルのひとつになっています。今書いたとおりバンクーバーオリンピックのエンブレムにも使われました。形は無数にあるので色々見比べるのも面白いでしょうね。



あ!岩陰で何か動いてる!



うおお、でけぇネズミだ!
・・・ネズミではなくこれはマーモットです。分布的にはシラガマーモット Hoary marmotだと思います。マーモットは旅行を通じてあまり見かけなかったのでこれは中々レアなものを拝めました。
しかしこの毛色は遠くから見たら分からないね。自然の迷彩ですな。



花の種類は分かりませぬなぁ。



周りを少しだけ歩いてみます。



何かの観測所もあります。



スイスを思い出しますがあそことはまた違う景色ですね。



小さな氷河も目の前に。上を歩いたら死にそうだから歩かなかったぞ。



帰ります。来てよかったです。
下りもリフトですが下りのほうが怖いね。



まだらな氷河。



歩いて麓へ下りるドンゴラへ。



麓で昼飯。

これでウィスラーとはお別れです。
今回はお手軽観光ということもあったのでまた行きたいですね。また来ます。


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その8 【2015/07/08~08】

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2015年7月10日(金)13時50分
ブリティッシュコロンビア州スコーミッシュ スコーミッシュ・ターミナル
ウィスラーに別れを告げ、バンクーバーへ向けて車を走らせます。
ところでウィスラーとバンクーバーの間にはスコーミッシュという小さな町があります。私も2014年12月に一度訪れています(北米P1参照)。そこで見たものといえばよくこんなに集めたなと思うほどデカい鉄道博物館と鉄道ヤード。
博物館を見る時間はさすがに無いもののヤードくらいなら見れるんじゃないのかと相変わらず続く絶景の車窓を眺めながら思いつき、そこへ寄っていくことにしました。なにせハンドルは私が握っているのだ。造作も無い。
というわけで車はスコーミッシュにあるカナディアンナショナル鉄道の貨物駅へ。元々この路線(ノースバンクーバー~プリンスジョージ)はBC鉄道のものでしたが2004年にカナディアンナショナル(CN)に吸収されていますので今はCNの機関車が闊歩しています。
昨夜見たロッキーマウンテニア鉄道の列車がスコーミッシュまで回送されてくるという話はその時聞いたんですが、留置するならここのヤードだろうなと踏んで来た以外は特にアテもなく訪れました。まあ、何かいるやろ。

ちなみに今回借りたレンタカーはトヨタ「カムリ」でした。本当に日本車ばかりなんだよなぁ。日本人だからか?



ヤードを見回してみると・・・お、いるじゃないですか。しかもちょうど入換中で動いておられる。これは作戦大成功。



とりあえず手前に停まっている機関車から。
EMD SD70M-2形CN8867号機+GE ES44AC形CN2954号機。なぜか背中合わせでなく顔合わせでユニットを組んでいますがなんだこれ。



CN8867の後ろ側。何故か前側は撮っていなかった。
後ろ側を見るとどうしても除雪ディーゼル機関車のDD14形を思い出しますね。アレはエンジン側(2エンド側)が前向きだと思っていた時期が私にもありました。



CN2954。CNのディーゼル機関車は伝統的に直流モーター機を採用しているはずなんですが、交流モーターのES44AC形をいつの間にか導入してたんですね。
ES44ACのACは交流モーター機を表してます。ES44DCなら直流機ですね。



ロッキーマウンテニア鉄道の列車はヤードの奥の方で寝ていました。機関車が奥の方に突っ込まれているんで微妙な写真に。
数日間ここで留置されて、その後またジャスパーへ向けて走るのだそうです。つまり逆向きに動くわけですが、これだと方向転換しないといけません。結論から言うとヤードの南に大きなデルタ線があるので、そこで列車ごと方向転換するんだと思います。
日本なら機関車の機回しだけで済ますところを北米の列車は客車ごと方向転換をしますので、例えばロッキーマウンテニアならどっちの方向の列車でも2階建て客車が最後尾に着くわけです。ここら辺はデルタ線といった地上設備に恵まれてる北米の鉄道の勝利(?)ですね。



GE Dash8-40C形CN2023号機+EMD SD75I形CN5632号機のユニット。入換作業中のようで構内をうろうろしていました。



本線の北側へと抜けて行きました。転線してくるんだと思います。



ハイサイド・ゴンドラカーCN873742。落書きされてるけどこっちではよくあること。
日本で言うところの無蓋車ですが、積載量を増やすために側面を高くしています。ここまで高いとパッと見ホッパ車と大差無いですな・・・。アオリ戸は妻面に取り付けられています。
積み荷は石炭だと思います。カナダもアメリカに負けず中々の資源国ですから、日本だと一部除きとっくの昔に滅びた石炭列車がよく走っています。



センタービーム・フラットカー。車番は読み取れず。
材木を積んだ状態です。確かに荷崩れ防止のために材木がわずかに内側に傾いていていました。ちなみにこれを初めてみた両親はやはり何の貨車なのか分かりませんでした。やっぱ初見には見分けるの難しいよね。これは梱包シートから中身が少しはみ出てるからアレだけど。
ちなみに固定用のワイヤー、以前は上部の桁から伸びてると書きましたが正しくは台枠から伸びていました。お詫びして訂正。桁にフックがあるのでそこにワイヤーを引っ掛けて固定します。材木の角とワイヤーが接触する部分には養生用の布(?)が用意されているのにも注目です。よく考えられてんだなぁ。



CN5632+CN2023のユニットが戻ってきました。
前にも書きましたが、この地面は絶対に昔は旅客駅のプラットホームだったでしょという感じです。その割にはダウンタウンから離れた場所にあって現役時は不便だったろうなとも思います。



CN2023。
CNの機関車は昔からキャブのボンネットが車幅いっぱいにまで広がったカナディアンコンフォートキャブ(CN5632みたいなかんじ)を採用しているんですが、これはボンネットの幅が狭いタイプです。
調べてみたら案の定譲渡車両で、元はユニオンパシフィックに在籍していた機関車だったそうな。

このままこのユニットは南側へと通り去って行きました。
長居もあまり出来ないのでこれで撤退、バンクーバーへの進軍を再開しました。



で、16時半頃にバンクーバーのパシフィックセントラル駅に到着。ここでレンタカーを返却しました。
この後乗るあの列車に乗るためにやって来ましたのですぞ。とりあえず予め印刷してきた切符をカウンターに見せてチェックインします。鉄道と言ってもその乗車システムは飛行機のそれに近いです。一緒にスーツケースのような大きな荷物も預けてしまって身軽になります。
結構混雑していましたが、これはシアトル行きの列車「カスケーズ」の乗車待ちの人たちがいたからでした。



列車の発車は20時半で、まだまだ余裕があります。
列車で夕食サービスはないので、バンクーバーで前もって夕食を済ませる必要があります。駅併設のレストランは大したことないのでダウンタウンまで繰り出しました。
色々周った結果ウォーターフロントにあるMiku Restaurantという寿司屋に行きました。まずはビールですね。



サシミを補給。久々に食べた気がする。うまいなぁ。
地元産ではなくて日本から空輸してきたそうな。便利な時代だ。



スシを補給している。
一見日本の寿司っぽいですが中身はそれからは大きくかけ離れた、アメリカンスタイルにアレンジされたSUSHIです。
ですがこれが中々刺激的でして、これは全然アリでした。うまい。寿司の新しい世界を知ることが出来ました。確かにこれは寿司でなくてSUSHIですな。



特にこの鮭の押し寿司がイケたのでもう一皿注文。上に乗ったハラペーニョがいいアクセントになっているんです。
寿司に大満足したところで今日はここまで。次回いよいよあの列車が登場。


その9へ→

北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その9 【2015/07/08~08】

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2015年7月10日(金)19時00分
ブリティッシュコロンビア州バンクーバー VIA鉄道パシフィックセントラル駅
スシを補給してパシフィックセントラル駅へ戻ってきました。

パシフィックセントラル駅は大陸横断鉄道の終着駅として1919年にカナディアンノーザン鉄道により開業しました。ただしカナディアンノーザンは直後の1923年にカナディアンナショナル鉄道(CN)に吸収されたので実質CNの駅です。
バンクーバーに到達した鉄道としては2番目で、最初に到達したのは1914年開業のカナディアンパシフィック鉄道(CP)ウォーターフロント駅で、これは別のところに建てられています。北米によくある共同駅、ユニオン駅というわけには行かなかったようですね。
ウォーターフロント駅はダウンタウンの中心地にあるという立地の良さが功を奏し、日本で言うところの新交通システム「スカイトレイン」と通勤列車「ウェストコーストエクスプレス」といった近距離列車の始発駅になっていて活況を見せています。
一方、パシフィックセントラル駅はVIA鉄道「カナディアン」とアムトラック「カスケーズ」といった長距離列車、夏期にはロッキーマウンテニア鉄道が乗り入れてきます(ロッキーマウンテニアは別に用意された専用ラウンジを使うらしいが)。他にはグレイハウンドなどバンクーバー発着の高速バスのターミナルにもなっています。
まあウォーターフロントと比べると寂しい雰囲気です。ダウンタウン圏内ですが中心街からは少し離れた立地で、そもそも列車の本数が壊滅的に少ない(カナディアンが週3往復、カスケーズが1日2往復、バスはよく知らない)のでどうしても人が来ないわけです。いつだか列車のいない時間帯に行った時の寂れ具合はターミナル駅とは思えない程ひどかったですね。駅舎は立派なだけにそれが余計に引き立っていました。



それでもさっきみたいに列車の出発前は賑やかでした。こうでなくちゃ。



我々は「カナディアン」専用のラウンジへ入ります。飛行機みたい。ラウンジではお紅茶飲み放題でお菓子も食べ放題(貧乏性)ですが寿司食べたばかりなのでとりあえず遠慮しておきます。
部屋の広さの割に混んでるんであまり落ち着けもせず、外のプラットホームの方のラウンジへ。



外に行くと・・・おお、いましたよ!!
気分が一気に高揚します。



Train No.2 The Canadian
これから我々が乗車するカナダの旅客鉄道公社VIA鉄道の誇る大陸横断列車です。走行区間はバンクーバー~トロント4466km(新幹線東京~博多を2往復してもまだ足りない)、乗車時間は3日半以上(4泊5日)とまさに大陸規模の列車。列車番号も栄光の1/2レを振られています。まあ今回乗るのはその一部なわけですが。
まさかこれに乗れるとは思ってなかったので、月並みですが夢の様なときめきです。



荷物を運ぶカート。機関車の後ろには荷物車が連結されているのでそこに大きな手荷物をしまい込むのです。
預けた手荷物はやはり飛行機同様に降車駅に着くまで戻ってこないので、着替えなど身の回りのものは予め分けて列車内に持ち込む必要があります。



奥には車庫と客車が数両留置されています。



ゲートが解放されていよいよプラットホームへ。ああすごい、展望車だ!これ本当すごい。

VIA鉄道の保有する車両の特徴として、発足時に引き継いだ旧型客車を未だに使用している点が挙げられます。これは既に全車が発足後に製造された客車で占められていると言っていいアムトラックとは対照的です。カナダ東部の中距離列車「コリドー」では発足後の客車にだいぶ置き換えられているらしいですが、それでもカナディアン号は基本的に旧型のバッド製ステンレス客車が充当されています。
カナディアンの客車はステンレスなので一見新しく見えますが、その実は1955年にCPがバッド社に発注したステンレス客車です。今年で還暦じゃん(呆れ)。バッド社は鉄道好きなら聞いたことあるかもしれないステンレス車両を初めて世に送り出したアメリカの車両メーカーです。東急車輌にステンレス車両のライセンスを供与したあそこです。
1955年製客車というと、日本でなら旧型客車のスハ43系や軽量客車の10系あたりと同世代になります。これらが未だに現役で4000km以上行ったり来たりしていると考えていただくと、メチャクチャさがお分かりいただけるかと。もはや異能生存体の域に達していると思います。置き換えるつもりないんだろうか?

鉄道が移動手段の主役だった頃に製造された客車に乗れることは私としては全然オッケーですし、当時の雰囲気を偲ぶには最高の舞台です。そういう意味でカナディアンはアムトラックの列車以上に魅力的な列車と言えます。



今回乗った車両はこのマナー形寝台車の8325号車"Elgin Manor"です。
乗降口ではアテンダントがお出迎え。1両につき1人いるらしい。この日は特に編成が長かったので2~3両に1人だったかも(覚えてない)。どっちにしろ良いサービスですな。
プラットホームはほぼ地面と同じ高さで、バリアフリーもクソもないです。乗降口のステップを登るんですが、走行中はこれを収納する(手動)ことで客車の美観を保つのです。



まずは今回過ごす部屋を確認。そうです、個室寝台です!
日本の客車寝台列車にはついに乗れずじまいで終わり(電車寝台は経験あり)もう乗ることも無いんだろうなと思ってましたが(ななつ星がまだあるけどまあ普通に考えて乗るのムリだろ)、意外なところで叶いました。やったぜ。
画角が制限されるんでどうやってもアレな写真しか撮れないがな。



まだ発車まで時間があるので、列車の先頭に行ってみましょう。
列車の編成中で目立つのが屋根にガラス張りのドームが付いたスカイライン形ドーム車です。定員0名の日本で言うところのロビーカーです。
なんといってもドームで、この部分は2階建てになっているので上階から眺めのいい景色を楽しむことが出来ます。階下はちいさな厨房になっていて軽食を提供できるようになっています。平屋部分はソファーなどで構成された広々としたラウンジになっています。くつろぐならドーム席よりもこっちですね。
これらのドーム車は今でなら鉄道の旅を楽しむためと言う理由で導入されそうなものですが、当時はまだ鉄道が元気だった時代なのでどちらかというと競合する他社の大陸横断列車よりも優位に立つため、という少し事情が異なるものになります。実際、競合相手のCNの大陸横断列車よりも人気だったらしいです。



編成中で異彩を放つのがこの客車。ガラスルーフ形客車1702号車。
この客車だけステンレスでなく普通鋼(アルミ合金かも知れないが)塗装客車となっていて、車体もわずかに一回り小さくなっています。2002年に導入したロビーカーのひとつで、前にも出てきたコロラド車輌製の客車。2階建てのウルトラドーム客車を平屋に縮めたような感じで、窓ガラスは屋根の殆どを占めています。
これは3両(1700-1702)しか製造されず、夏期にしか運用されないので運が悪いと連結されないことがあるんですが、無事に見られました。
車体は新しいですが台車は多分廃車発生品・・・つまり使い回しだろうなこれ。



8301号"Abbot Manor"寝台車。
先頭までやってきましたが、色々足りない・・・。まず機関車がいません。これが楽しみで来たのに。あと座席車もありません。
どういうことだと思いましたが、これはカナディアンの列車が長すぎてホームに収まらないことから機関車と座席車は隣のホームに停車していて座席車の乗客はそこから乗車していたのでした。で、出発時刻になると機関車と座席車は寝台車のホームに転線して連結、改めて出発するという段取りなのでした。



ここからだと機関車は見えなかったので、おとなしく寝台車に戻ります。
今回はここまで。


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その10 【2015/07/08~08】

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2015年7月10日(金)20時30分
ブリティッシュコロンビア州バンクーバー VIA鉄道カナディアン号車内
車内に戻りましたが、寝台車は個室でプライバシーは確保されていますがなんといっても窮屈なので、数両前方に連結されているスカイラインドームカー2階のドーム席に行きました。幸いにも席は空いていました。
偶然にも日本の旅行会社の団体ツアーの方たちと同席になりしばし談笑。やっぱり団塊世代ばかりでした。

そんなこんなで列車は定刻にバンクーバーを出発。車内をうろついている間に機関車と座席車の連結は済んでいたようです。
駅構内では留置線に止まっている客車を観察。これはシャトー形寝台車8205号車"Chateau Cllose"。マナー形寝台車とは部屋の配分が異なっていて、マナー形よりも個室を多めに設計されています。24系寝台車の改造車よろしく段違いの窓が配置されているのが識別ポイント。ちなみにManorもChateauも金持ちの屋敷みたいな意味で、居住性の高い客車だよ!ということをアピールしているわけですな。客車の寝台についてはまた追々説明します。
ところで前回見たマナー形寝台車といいガラスルーフ形展望車といい客車の種類を数字でなく名詞で区別するというのは、日本の鉄道を知るものとしてはちょっと首が痒くなる気分になります。
カナディアンパシフィックが発注した長距離型客車群はVIA鉄道では8000番台の番号を振られているので、一応8000系客車と呼ぶことも出来なくもないです。さらに細分化するとシャトー形は8200形、マナー形は8300形と区別することも出来ます。こっちのほうがしっくり来るんだよなぁ。



発車するとすぐにアテンダントがやって来てウェルカムシャンパンとつまみをくれました。やったぜ。カナディアンの夜に乾杯。
VIA印の紙ナプキンがいいですね。やろうと思えば汎用品のナプキンでコストダウンも出来るだろうに、乗客に見える部分ではコストカットはしないのかな?と思いました。ちなみにVIA印の紙袋ももらいました。いいお土産になります。
座席車と寝台車では運賃がかなり異なりますが(当然寝台車のほうが高い)、こういうサービスでも差別化されています。座席車にはたぶんこれ無いです。



通勤列車「ウェストコーストエクスプレス」の客車が留置されていました。
これは予備車か波動用でしょうけど、朝郊外から上ってきた列車は日中ここら辺で昼寝しているみたいです。



ディーゼル機関車のEMD F40PH-2形VIA6415号機。カナディアンの牽引機も同型機です。ちなみに重連。
これ今気づいたけど、後ろ側の車体形状、更新時に改造されて変わってるんだな(デッキが無くなってその分車体が延長されてる)。VIAのF40PH-2は中々模型化に恵まれませんが、それは他社の機体と前面形状が異なるからというのが多分に含まれている(バリ展が利かない)と思ってはいたのですが、ここも違うのか・・・。新金型で設計しないときっとダメだな。
まあ機関車についても追々。



ドームカーなんで前面展望ができます。これが眺めよくていいんですな。
列車は駅を出ると東へ向かい、しばらくはスカイトレインのミレニアム線の高架下を並走します。この時の線路です。するとブレイド駅辺りのデルタ線を通過するんですがこの時南側に分岐、そのまま進むと西側へ進みます。



途中のサッパートン駅辺りでカナディアンパシフィックの貨物列車とすれ違います。機関士の目線ってだいたいドームカーと同じ高さなんですね。



牽いてる貨車ははカバードホッパ車でした。



その後すぐにフレーザー川の岸が見え、前の方を見ると先頭が鉄橋を渡ろうとしています。私は前に見たことあるので「おお、あの鉄橋を渡るのか!」と興奮していましたが他の人達は特に何もって感じでした。「ああ先頭が見えるねー」くらいでした。

先頭といえば、この写真を見て列車の先頭がかなり遠くにあるなとは思いませんでしたか?
今日のカナディアン何両編成だと思います?正解、25両編成。
なんじゃそりゃ新幹線より長いじゃん、貨物列車か!?って感じです。アムトラックでもここまで連結するというのは聞きませんし、どえらい列車ですわ。歩きまわるだけでも一苦労ですよこれ。
まあ繁忙期の夏場だけなんでしょうけど、そんだけ繋げるなら毎日運転すればいいのに(カナディアンは週3往復)と思ったところで車両はあっても乗務員が確保できないんだろうなと勝手に納得する。



というわけでフレーザー川を渡ります。
これ分かりにくいんですけど(航空写真片手に見たほうがいい)、この橋は川の上で左右から伸びてきた線路が合流する橋になっています(デルタ線ではない)。川の上で合流させる辺り無理くり感があっていいですね。
対岸側は地上で合流してますが、そっちはそっちで3本の線路が合流しているという驚嘆すべきもの。



ここは3つの橋が隣り合って架かるという一般人にも受ける序盤の見どころです(私は既に駅構内や貨物ヤードの連続に興奮が続いています)。
今渡っている鉄道橋がニューウェストミンスター橋(1904年竣工)、その隣が道路橋のパタロ橋(1937年竣工)、さらにその影にちらっと写っているのがスカイトレインのスカイブリッジ(1990年竣工)です。
交通・物流の要衝という感じです。



はえ~、すごい眺め。この橋を初めて渡ったのは2014年12月のアムトラック「カスケーズ」の時でしたがあの時は既に真っ暗で何も見えなかったので、マジマジと橋を見るのは今回が初めてです。
20世紀初頭に建設された橋なので水面からの高さが低いのが特徴。というかそこから30年ちょっとでパタロ橋を建設したカナダの土木技術も凄まじい。あれ戦後の橋だと思ってたもん。
船が通過するには高さが低いので、この時期の橋特有の装備として旋回橋になっています。支柱を軸にして橋桁が回転するやつですな。



川を渡った後も貨物ヤードが続きます。
日本にこれだけヤードが続く区間もないでしょうし、楽しいですねぇ。さすがに21時を回ると暗くなってきて撮影は難しくなってきましたが。



あ、スラッグいるじゃん!まさか見れるとは思わなかった。
日本にはないタイプの車両で、おそらく今後も出てくることはないと思うのでここで説明しておくと、機関車のブースターみたいな車両と思ってください。
北米のディーゼル機関車は電気式ディーゼルで、発電機で得た電力でモーターを回して走行します。ヤード内での入換時には本線走行時より発電機の供給電力に余裕が出るので余剰分をスラッグに振り分けることで機関車1機で複数機分の牽引力を得られるのです。機関車2機を使って入換するよりも費用面で有利なため普及しました。ディーゼル機関車から運転台とエンジンを取っ払った車両と見ていいでしょう。あるのは主に台車とモーターと粘着力確保のための死重ぐらいです。
スラッグにも新造車と改造車の2種類があって、このスラッグは元は普通のディーゼル機関車から運転台とエンジンを撤去された改造車です。なんだか去勢されたみたいでアレだ・・・。車体は低く詰められていて、これは入換時の視界確保のためでしょう。逆に新造車は普通の機関車とそっくりな姿をしているので見分けがつきにくいです。
上に書いたとおり拠点間の回送かヤード外への入換を兼ねた短距離運転の時でもないかぎりヤードでしか見られない車両なので、見かける機会は少ないです。逆に言えばヤードに行けば見られる可能性があるんですが、大抵の場合外から中を見るのが難しい立地だったりするんで、まあそういうことです。
このCN239はEMD GP9が種車です。初登場が1954年の古豪ですがまだまだ使う気らしいです。
ちなみにスラッグは英語だとSlugと書いて、怠け者という意味があります。母機が無いと動けないんで怠け者と呼ばれてるんでしょうか。他にナメクジという意味もありますがこれはあまり関係無さそう。



ここはカナディアンナショナルのヤードのようです。



BC鉄道塗装の機関車がいました。BC鉄道!?殺されたんじゃ?
シアトルの時もバーリントンノーザン塗装だけどBNSFロゴという機関車を見ましたが、こっちはロゴもそのままですね。
塗り替えないんですねぇ。検査時に塗り替えないもんなんですかね?ていうか日本の全般検査に相当する検査周期って何年なんですかね?日本だと8年だけど。



後ろに積み上がってる荷物は材木ですねぇ。山のように積上あってるけどどっから持ってきてどこへ運んでくんだかって量です。



ボックスカーの群れ。何度見てもデカいっつか高いって印象です。
ここら辺でほぼ真っ暗になってしまい撮影が困難になってきたので、景色も見えなくなったところで軽く車内探検に移ります。


その11へ→

北米project3 ~Encouragement of Canadian Rockies その11

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2015年7月10日(金)22時07分
VIA鉄道カナディアン号車内
今乗っている列車、カナディアンについて改めてご説明。長くなるからどうでもいいって人は次の写真まで飛ばしていいよ。

走行区間はバンクーバー~ジャスパー~エドモントン~ウィニペグ~トロント4466km、乗車時間は3日半以上(4泊5日)の超長距離列車で、いわゆる大陸横断列車です。少しケチを付けると、トロントはまだ北米大陸の中部と東部の境目くらいの位置で、大陸を横断と言うにはちと物足りないです。
カナダの東側の終点はハリファックス駅で、現在もそこまでオーシャン号という列車が運行されています。ただこれはモントリオール発なので、トロント~モントリオールでまた別の列車に乗らなければならず、カナダの端から端まで列車で移動するのに2回乗り換えが必要です。乗り継ぎが上手く行けば6日で横断できますが、まあ遅延するでしょうし無理なんでトロントかモントリオールでブランクを取る必要があります。そうするともう2~3日追加で9日くらいかかるでしょうね。

脱線しましたが、カナディアン号の起源は1955年まで遡ります。元々はカナディアンパシフィック鉄道が運行していた列車で、従来使っていた大陸横断列車の客車を今乗っているステンレス客車に置き換える際に運行を始めた列車です。車両更新の際に列車名も変えてしまってそれを広く宣伝するというのは日本でも時々見られる手法ですな。
鳴り物入りで登場したカナディアンでしたが、直後に航空機と自動車が台頭し始めて次第に衰退していきました。
1970年台にはもはや経営のお荷物になってしまい廃止も考えられましたが、最終的に1978年にVIA鉄道に運行が引き継がれます。

さて、VIA鉄道に引き継がれた大陸横断列車はカナディアンの他にもうひとつ、「スーパーコンチネンタル」がありました。これはCNが運行していた大陸横断列車です。
カナダの東西を結ぶ鉄道はカナディアンナショナル(CN)とカナディアンパシフィック(CP)の2つがあります。大陸間では競合する両社ですがその経路は異なっており、そこで多少棲み分けがされているようです。具体的にはCNは北回りの経路、CPは南回りの経路です。分かりやすいところで言うと、CNはエドモントンを、CPはカルガリーを経由しています(どちらもアルバータ州)。この2つの大陸横断列車をVIAは経路もそのままに継承したのでした。
ちなみに超大陸ことスーパーコンチネンタルはCN時代からカナディアンよりも人気がなく、VIAでも豪華列車のカナディアンに対し2線級の扱いでした。カシオペアと北斗星みたいな関係みたいです。

が、やはりというかなんというか予算削減の煽りを受けてスーパーコンチネンタルは1990年に廃止されてしまいました。
カナディアンは存続しましたが、運行経路はなんとスーパーコンチネンタルのものに変更されてしまいました。熊本経由の「はやぶさ」が大分経由に変更されるような感じで、当時のカナダの鉄オタは違和感を感じたと思います。
ついでに運行本数も毎日運行から週3往復に削減されました。現在はオフシーズン時は週2往復にまで減らされています(悲
こんな感じで現在まで至ります。カナダ東部と西部を結ぶ唯一の列車なので公共性を鑑みればおいそれと廃止には出来ないでしょうが、いい加減客車が限界だろうと思うので先に客車のほうが寿命来ると思います。本当に車両更新どうするつもりなんだろう?

余談ですがこの写真は車内の壁に貼ってあったカナダ西部のVIAの路線図で、気になったのがマニトバ州ウィニペグから北にあるチャーチルまでを結んでいる路線でした。なんでこんな聞いたこともないクソ田舎を列車が走っているのかと疑問でした。調べるとこのチャーチルという町は他の町へ続く道路が全く無い完璧な陸の孤島という想像を超えたどえらいキングオブクソクソアンドクソ田舎でした。この町の住民が外へ出るには飛行機か鉄道しか手段がないのです。ひえぇ、そりゃ鉄道も廃止には出来んよな。
それと、今は廃止されたビクトリア~コートニー線の路線図が哀愁を誘う・・・。乗りたかったなぁ。

以上説明終わり。軽くまとめるつもりが随分と長い説明になってしまった・・・。



ドームカーの1階はラウンジになっていて、くつろげます。
寝台車の乗客はコーヒに紅茶、さらにお菓子まで食べ放題飲み放題。貧乏性の私は翌日ガバガバと摂取しました。育ちが知れますね。
カナダのコーヒークリームは日本のような植物油由来の似非クリームでなくて牛乳由来の本物のクリームなのが良いです。



夢にまで見た食堂車。モノホンの食堂車ですよ。
今更ですが今回はジャスパーまで乗車するので、食堂車を利用する機会は朝食と昼食の2回でした。夕食がないのはちょっと物足りない感じでした。バンクーバー出発時刻を早くして、夕食を提供できないものですかね?



部屋に戻るとベッドメイキングされていました。スバラっ!
今回、私と両親の3人旅行なんですが、部屋は2人用個室と1人用個室となっています。一応3人用個室はあるんですが、編成内に1部屋か2部屋しかないプラチナチケットで確保できませんでしたとさ。
なお寝台を予約した際に予約システムの都合で2人用と1人用を別々の会計で予約した結果、号車が離れてしまいました。これじゃ不便だと思ったんで、同じ号車にしてもらえるようVIAに問い合わせたらすぐに変更してもらえました。これは良い対応でした。
これは2人用個室で、部屋の中には二段ベッド、洗面台、トイレ、電源プラグ、扇風機などが備わっています。これは日本の個室と比べると中々の充実ぶりです。さすが豪華客車として建造されただけあります。



ベッド(上段)はこんな感じ。客車は車齢こそ古いですがボロさは全く感じませんでした。手が行き届いていて清潔です。
恐らく何度か更新工事を受けているんだと思いますが(電源プラグ設置はその最たる例でしょう)それでも不快感を感じなかったのはすごいと思います。



もうお眠の時間ですが、その前に最後尾のパークカーに向かいます。
パークカー含む後ろの2両は、他の寝台車と様相が異なっていました。壁はビニールのクッションでぶつけても痛くないし照明はLEDだし部屋の鍵はカードキーだ。そして漂う高級感。ああ、これが噂のプレステージ寝台か。
日本だったらA寝台スイートに相当するであろう豪華個室寝台です。とても高い。部屋は鍵がかかっていたんで中は伺えず。広報用写真を見てみるとなるほど豪華だって感じします。
2014年秋から運行を開始したまだ新しい寝台です。が、ガワは当然1950年代のステンレス客車なので徹底的に更新工事をかけたということになります。つまりこの客車、他の寝台なんかも含めてまだまだ使う気だな・・・。

ちなみに通路ですが、これたぶん日本の寝台車より幅狭いです。人とすれ違うことになったら身体がこすれ合うのは必至です。デブと鉢合わせた日にはどちらかがデッキまで後退しないといけません。
それと、日本の寝台車でよく見る通路の補助椅子ですがこっちにはないです。ドームカーやらパークカーがあるのにそんなチンケな装備いるわけないですな。通行の邪魔だし。



いよいよパークカーへ。88706号車(ex-8706)"Glacier Park"です。愛称はカナダの国立公園から取られています。プレステージ車に更新された際、原番号に8が追加されてインフレナンバーになりました。
細かいことを言うと、正確には展望車ではなく展望と寝台の合造車という風になります。プレステージ寝台が数室あるのです。ついでにドーム席もあります。



これが展望室だ!
ソファーがロングシート配置されています。先客がいたのであんま近寄るのはやめました。明日また来るので今回は軽い紹介にとどめておきます。



2階のドーム席。さすがにもう誰もいないです。
ちなみにドーム席の座席は固定されていて、向きを変えることは出来ないです。これは中間客車のスカイライン形ドームカーの座席も同様。日本と違って列車ごと方向転換するのが前提、という設計思想が伺えますね。
ドーム席の階下はバーになっていましたが平民が使う場所じゃ無さそうなので一度も利用しませんでした。



見るもん見たので、部屋に帰って寝る支度をします。なぜか私の1人用個室はベッドメイキングされてませんでしたのでアテンダントに聞いて、これもどういうわけか自分でセットするはめに・・・。なんでだ?お前がメイキングほうが楽しかろうと言う気遣いか?面白かったけどさ。
1人用個室も2人用と装備は同じで、ベッド、洗面台、電源プラグ、扇風機、そしてトイレが備わっております。え、なんでトイレ・・・。
しかも部屋の中にドーン!と置かれています。2人用はちゃんとトイレ用の空間があって部屋との仕切もあるんですが、1人用はこうドーンと・・・。使わない時は蓋をして足掛けに使えますが。あとベッドを展開している時はその下に隠れて使えなくなります。誰が言い始めたか「旅する独房」。確かにぴったりな名前だ。
個室にトイレを置くというセンスは未だに理解できません。第一臭いが篭ってアレだろうに(窓は開かない)。一応個室の外にもトイレがあるのでもっぱらそこを利用していました(というか翌日は個室にはほとんどいなかった)。両親の2人用の方も大きい方をする時は外でしろという協定を結んでいたようです。
なおトイレの写真はうっかり撮り忘れました。残念。



独房と書きましたが謎のトイレ配置が独房っぽく見えるだけで、至って快適な個室です。アメニティもひと通り揃っています。

というわけで、初めての客車寝台、初めての個室寝台を堪能すべく就寝したのでした。おやすみ。
翌日へ続く。


その12へ→

【1/72】 スーパーマリン・スピットファイアMk.I製作 【Airfix】

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最近はガンプラと船を交互に作ってきましたが、ちょっと飽きが出てきたので気分を変えて飛行機プラモを久々に作ることにしました。最後に作ったのは零戦ですね。
選んだのはエアフィックスの1/72スーパーマリン・スピットファイアMk.I。安かったのとスピットファイアに興味津々なのでこれに手を出すことにしました。目指せスピットファイア全種コンプリート!(無理
海外プラモは箱が薄く広くて、要は面積を取るので積み場所に難儀してしまいますがこれは小さくまとまっています。やっぱこのくらいがちょうどいいよね。



仮組み。
エアフィックスのキットを作るのは初めてのことでしたがこれは最近発売されたキットらしく、とても組み立て易いキットでした。サクサク形になります。成型色がなんだかサフを吹いたみたいな色をしているのが珍しいですかね?

このキットはMk.IとMk.IIaの選択式で、私はMk.Iを選択。Mk.Iはスピットファイアの最初期の量産型です。Mk.IIaはその改良型ですが試作機の域を出ていません。
目につくのがプロペラで、これなんと木製固定ピッチ2枚翅なのです。随分とノンキな戦争をやろうとしていたもんですな。尤もすぐに金属可変ピッチ3枚翅プロペラに換装されたようで。2枚翅タイプの現存機も残っていませんし。
あとはコックピットキャノピーがマルコムキャノピーでないのもMk.Iの特徴です。マルコムキャノピーというのはやや膨らませたキャノピーのガラスとバックミラーを装備したキャノピーのこと。後方視界確保のために開発されました。これもプロペラと同時期に換装されたそうです。このタイプはMk.Iaと呼ばれ区別されています。

ちなみにMk.IIaは3枚翅プロペラとマルコムキャノピー装備なので、同梱のMk.IIa用のパーツを流用すればMk.Iaも作ることが出来るんですね。
Mk.IとMk.IIではエンジン排気管の形状が異なるらしいんでそこで作り分け出来るっぽいです、どうも。



プロペラは2パーツ構成。合わせ目が目立つのでパテで埋めて滑らかにしました。
加工らしい加工はこれだけであとは素組しました。



コックピットブロックは予め塗装してから組み込みます。



機体を接着して、そしたら機体の腹を塗ります。右半分が黒でもう半分が白という「戦争する気あんのか?」という色をしてます。でもこれが指定色なんだよ。
これは地上の対空砲部隊が味方誤射をしないようにするための識別塗装なんだそうな。でも地上から見て逆光で高空を飛ぶ戦闘機の敵味方が分かるわけないんで、誤射は間々起きていました。

黒はともかく白は塗装が乗らないんで5回くらい塗った気がしますがこのキットは航空機にしてはモールドの彫りが深く、5回塗ってもモールドが埋まってしまうということがありませんでした。Mk.Iaがスターターキットとして発売されてますし、筆塗りを前提にしたキットなのかもしれません。私にとってはありがたいことで。
白から塗って、次に黒を塗りました。黒を塗る時はマスキングしましたが、概ね上手くいきましたね。綺麗にマスキングできると嬉しいですな。ズレたりはみ出たところはリタッチして修正します。修正箇所少なかったので楽ちんでした。



背中側の塗装は、まずダークアースを全身に塗って、そしたら緑の迷彩を部分塗装します。
特に緻密な迷彩でもないので、説明書を見つつも手書きで鉛筆で罫書きします。



面相筆でうにょうにょと縁を描きます。



塗りました。いいですね、迷彩。
ムラが少し出ましたがトップコートを吹けば和らぐでしょ(適当



脚とか空気取入口とかのパーツを取り付けます。
スピットファイアの初期型は空気取入口が片側にしかないのが特徴。なので航空機としては珍しく左右非対称でござんす。



デカールを貼ります。大判デカールはモールドに馴染ませるのに苦労します。



大判より大変だったのが機銃銃口の赤シールでした。これは駐機時や離着陸時に機銃にホコリが入らないようにするためのものです。シールなので射撃すれば簡単に穴が空くという算段です。
中々曲面通りに馴染まないのと小さいのとで結構大変でした。しかもMk.Iは7.7mm機銃8門なので8個分やらねばなりません・・・。イギリス人も余計なことしてくれたなと思います。
マークソフターを数分間付けて柔らかくしてからやると吉です。作業が面倒くさいので機銃でシールの穴が開いてない、出撃前状態で仕上げました。



最後にクリアコートを施して、仕上げにアンテナ線を張れば完成です。
飛行機キット楽しいですね。というのも、実機を見てきた経験が活かされていて、「ここのパーツはこうなっているのか」と再認識したり新しい発見があったりで面白いんですな。実機見聞と模型製作を両方経験することでその機体についてより理解が深まったきがします。零戦の時よりわくわくしながら作れました。
ますます飛行機プラモにハマると確信した一作になりました。たくさん買った飛行機積みプラも消化しないといけないし・・・。

【ギャラリー】 イギリス空軍 スーパーマリン スピットファイアMk.I

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■使用キット:1/72 Airfix Supermarine Spitfire Mk.I/Mk.IIa
■仕様:イギリス空軍ダックスフォード基地 第19飛行隊(1938年8月)

急に飛行機が作りたくなったので、安くて関心があって作りやすそうなキットということでエアフィックスのスピットファイアを選びました。
新しいキットのようでサクサクと組立てられ、また初心者向けキットなのかモールドの彫りが深く、筆塗りしてもモールドが埋まらないという良キットでした。



スピットファイアMk.Iは同機最初の量産型で、太い木製2枚のプロペラと平らなキャノピー(非マルコムキャノピー)が特徴です。



製作はほぼ素組みです。加工はパテを使ったプロペラスピナーの合わせ目埋め、エンジン排気管の穴開け、アンテナ線の展張くらいです。人によっては加工の範疇にも入らないでしょうね。
塗装は筆塗りです。なので迷彩のボケは無いです。スミ入れを黒で施したのでやや主張が過ぎておもちゃっぽく見えてしまったのは反省点です。
プロペラ先端は黄色塗装なのですが、塗料を所持しておらず、かといってそのワンポイントのためにわざわざ買うのも勿体無いので省略してあります。日本に帰ったら塗ります。



腹側は白と黒が半々で塗られた奇抜なもの。これは地上の対空砲部隊が味方を敵と誤認しないようにするための識別塗装だったとか。ただ低空ならともかく高空だと見分けつかなかったようです。












以上、スーパーマリン スピットファイアMk.Iでした。

【1/700】 駆逐艦「吹雪」製作 【ヤマシタホビー】

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2015年9月のある日まで遡るんですが、家に謎の小包が届きました。なんとZBSからの宅配テロでした。中身はカラーコーン・・・ではなく食い物、夏コミで頼んだ薄い本、ZBS製薄い本の在庫、あとはこのプラモデルでした。どないせいちゅう感じですが、なんやかんや作ることになりました。

キットは駆逐艦「吹雪」です。吹雪は以前にもタミヤ製を作りましたがこれはヤマシタホビー製です。ヤマシタホビーは聞いたことのないメーカーでしたが、艦船模型のディテールアップパーツを販売しているんだそうです。
そこが初めて船を丸々出すということで製品発表時には話題となって、私も気になっていました。



部品は細かいですが駆逐艦作るなんてのはもう慣れたもので、サクサクと組み立てていきます。
塗装はスプレー缶ではなく筆塗りですが、意外とムラが起きなかったです。筆なので地獄の甲板マスキングもしなくていいですし、こっちのほうが楽かも。
ただ海上自衛隊の護衛艦くらいまで平面の面積が大きいとムラが出てきてしまうので、大きさによりけりですね。



ハイ完成。写真撮ってなかったのよ。
ZBSにも記事があるから見てみるといいんじゃないかな?



密度が濃いです。フジミやピットロードに負けていません!



重巡洋艦「鈴谷」と。親子ほどの差がありますね。



護衛艦「あけぼの」と。現代の駆逐艦は大型化が進んでいるなんて話を聞くものの今までイマイチパッと来なかったのですが、模型を並べてみるとなるほどねってなります。確かにデカいわ。

というわけで吹雪でした。
良いキットだったので次回作の「響」も楽しみです。たぶん買いますよ。ゆくゆくはWLシリーズに匹敵するシリーズになればいいなと思います。

【ギャラリー】 大日本帝国海軍 特型駆逐艦「吹雪」(1941年) 【1/700】

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■使用キット:1/700 ヤマシタホビー 特型駆逐艦吹雪
■仕様:1941年開戦時

期待の新人ヤマシタホビーの艦船モデルです。吹雪のプラモデルはタミヤが発売していますがだいぶ前のキットということもあり今の目で見ると大雑把という印象で、当キットはそれの上位互換という感じです。
元々ディテールアップパーツを販売していたこともあってピットロードやフジミに負けない出来です。愛を感じます。逆に言えばそれだけ細かいパーツ多くて作るのが大変です。毎回恒例のパーツ紛失を今回もしでかしました。



横から。
タミヤ製と比べてみて一番違いを感じたのは煙突の傾きで、ヤマシタホビーの方が小さいように感じました。



後ろから。
スマートなのが駆逐艦の魅力ですが1隻だと構図が寂しいことに。やはり駆逐艦は揃えてなんぼです。



前部。
艦橋の窓ガラスはクリアパーツになっていますが、これをランナーから外す時ニッパーを使うとパーツが破断して運が悪いと外れた方のパーツが飛んでどっか行きます。ZBSでも観測されたので割とよく起こる事象かもしれません。みんなも気をつけるんだぞ。



中央部。
とても細かい(ゲッソリ
第1煙突脇の吸気口はこんな形だっけ?ってくらいにタミヤ製と形が異なってました。
最近張り線の展張が下手クソになってる気がするんで、またちょっと意識を高めていかなければならないです。



後部。
2番3番砲塔の基部の軌条が省略されているらしいですが、作っている時は1ミリも気づかなかったんでそのままです。
WLシリーズではおなじみの旭日旗はこれにはついてなかったんで少しさみしい。まあ旗棒無くしたんでどうしようもないんですけど。

以上、駆逐艦吹雪でした。

北米project 5 ~A Certain Canadian Metropolitan. ダイジェスト版

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2016年6月15~22日にかけてカナダのオンタリオ州およびケベック州に旅行に行ってきました!まだ連載が溜まっているのに性懲りもなく、北米旅行もこれで5回目です。こんなに行くとは思わなかった。例によって超簡単な速報版をお届けします。

6月15日の夕方に家を出発してビクトリア空港に行きバンクーバー行きの飛行機に乗ります。そこからトロント行に乗り換えます。
機材は777でしたが、先月初飛行したばかりのできたてホヤホヤの機体でした。機内エンターテイメントが充実していたので快適に過ごせました。
トロントには16日の早朝に到着。ここから1日フルに使います。



この日はとりあえずトロントは素通りして、最終的にナイアガラフォールズへと向かいます。ただしまっすぐ向かうはずもなく、途中には魅力的なあんなものやこんなものがありますのでそこに寄っていきます。
魅力的なあんなものとは、カナダ軍用機博物館。機体の動態保存も行っている博物館で、訪れた時にはちょうどイギリス空軍の爆撃機ランカスターがエンジンテストを行っていました!4発機はうるっさいですね。



続いて魅力的なこんなものは、カナダ海軍の駆逐艦HMCSハイダです。とっくの昔に退役した博物館船です。
戦後に改装されていますが元は第二次大戦期に建造された駆逐艦であり、当時の駆逐艦の雰囲気を感じられる貴重な艦です。
これの見学後はナイアガラフォールズへ向かいそこで一泊。



17日。
この日はナイアガラフォールズを満喫します。ここの目玉は文字通りナイアガラの滝ですので、もちろんそれを見ます。
滝の目前まで迫る遊覧船は欠かせません。こんだけの水、どっから湧いてくるんだって感じです。



展望塔のスカイロンタワーにも上ります。塔にはあまり上らない私ですがこれは上ってよかったと思いました。
この日もナイアガラフォールズで一泊。



18日。
早朝から活動を始めて、とっととトロントへと戻ります。
トロントのユニオン駅では列車の撮影などをやってました。VIA鉄道のP42DCを撮影出来たのは収穫でした。



ユニオン駅の近くにあるトロント鉄道博物館へ行きました。
カナディアンパシフィックの転車台と扇形車庫を再活用した博物館です。扇形車庫が巨大で、ピットはなんと32線!もちろん実車も展示されています。
個人的に注目の展示物はディーゼル機関車の運転シュミレーターでした。ディーゼル機関車の運転室は未だ見たことなかったので興味深かったです。日本のそれとは全く異なるものでした。



博物館見学後は、トロント地下鉄の撮影をば。
地下鉄には古いのと新しいのと小さいのの3種類が走ってます。写真のは古い方の電車であるT形。東急とか走ってそうな形をしていますな。
意外と地下鉄に時間がかかってしまい、これでトロントの滞在は終了。夕方にはユニオン駅に戻り、ここからVIA鉄道の列車コリドー号に乗りオタワへ。そのままオタワで一泊。



19日。
今日も博物館見学。次はカナダ航空宇宙博物館です。黎明期から現代までのカナダに関した航空機を多く展示しています。種類も戦闘機、爆撃機、複葉機、水上機、ティルトウィング機などなど。幻の戦闘機CF-105アローが一応目玉なんですかね?ノーズモックアップですけど・・・。
ちなみにここにはアメリカ空軍博物館のような隠しハンガーがあって1日数回ガイドツアーが行われるんですが、なんと改装中で閉鎖されてました。トホホ・・・。ここは再履修ですね。
展示の仕方も良くて、博物館としてもいい所です。おすすめ。



見学後は世界遺産リドー運河へ。
今も現役の運河であり、運よくボートが運河を遡上するところに出くわしました。運河の仕組みを知るにはいい場所ですね。
この日もオタワで一泊。



20日。
また博物館見学。今日はカナダ戦争博物館です。戦争博物館というのは日本にはないジャンルですな(遊就館は戦争博物館とは違う何かでしょう
ここには戦車、野砲、軍用車が多く収蔵されていて、これら目当てで来ました。戦車なんかだとセンチュリオン、パンター、M3リー、T-34/85といったガルパンにも出てきたあの戦車たちも収蔵されています。



オタワはカナダの首都ですので、国会議事堂に挨拶をしていかないわけにはいきません。というわけで見学。
議場はイギリスのような左右に分かれてそれぞれ向かい合う座席配置。また議席数も日本より少ない感じでした。
見学後はVIA鉄道のオタワ駅に向かい、再びコリドー号に乗ってケベック州モントリオールへ。そのままモントリオールで一泊。



21日。
懲りずに博物館。今回最強の博物館だったカナダ鉄道博物館です。主に蒸気機関車とその時期に使われていた貨車や客車を展示していて、収蔵数では恐らくカナダ最大の鉄道博物館です。



メインの展示場だけでもお腹いっぱいなのに、さらに第2展示場もあります。加えて屋外展示もあり、1日過ごすのはわけない場所です。
これはカナディアンナショナルのCN5702ですが、動輪直径が2000mm(80")ある超巨大機。他にも巨大機が数機保存されていて、いやはやC62が中型機に見えてくる感じでした。
静態保存機がほとんどですが、路面電車が動態保存されていてこの日も敷地内の線路を遊覧運転していました。
この日もモントリオールで一泊。



22日、最終日です。
もう見るものは全部見たって感じなのといい加減疲労が溜まってきたので、この日はゆるりと行動。
まずはレッドパス博物館を見学。大学内にある考古学系の博物館です。ゴルゴサウルスの骨格標本が目玉。

関係ない話ですが、ケベック州はフランス語が公用語で多くの市民はフランス語を話します。フランス語は全くしゃべれないわけですが、英語で話しかけても普通に会話できました。さすがに学校でフランス語しか習わないというわけではないらしいです。



それからはモントリオールの旧市街をぶらぶらしていました。ヨーロッパ調の町並みで、パリを思い出しました。
夕方にモントリオール空港に向かい帰りの飛行機に乗りビクトリアへ帰りました。

さて本連載ですが、いま執筆中の北米P3は周回遅れが確実視されており、その上カリフォルニアの北米P4も長期化が避けられないことから連載開始はヘタすると1年以上先というバカみたいな事態が予想されます。
とりあえず北米Pシリーズは3が終わったら、他の記事と並行して4の連載をすぐに始めていく感じにして優先して片付けるようにしますので、少しは早まるかも?しれません。
この身に何か起きない限りは必ず執筆しますんで、まあ首を長くして待っていてください。

北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その12 【2015/07/08~18】

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2015年7月11日(土)5時7分
ブリティッシュコロンビア州トンプソン川沿い VIA鉄道カナディアン号車内
翌朝になりました。よく眠れましたね。
列車はバンクーバー近郊を抜けるとフレーザー川に沿って敷かれた線路の上を走るのですが、恐らく既にその支流のトンプソン川に入ったのだと思います。
このように川岸の両側に線路が敷かれています。例によって持ち主がわからないのですが、どっちかがカナディアンナショナル(CN)の線路、もう一方がカナディアンパシフィック(CP)の線路だと思います。川沿いにしか鉄道を通す経路が無かったんでしょう。片方の線路が災害等で封鎖されても融通できそうですしね。第一この写真の部分、絶対山崩れ起きて線路埋もれたでしょう。
ちなみにいま対岸を走ってる貨物列車の貨車は空のダブルスタックです。いわゆる空コキ。



長い・・・先頭が見えない。
ていうか列車に注目する前に突っ込むべき所として、ここの山々って樹木が少なすぎです。視界いっぱいに荒涼とした山地が広がります。
どうも以前に山火事があったっぽいですね。木の燃えカスがあちこちに・・・。ただ既に山火事後に生えた木が成長してきていますね。
最近は山火事も自然のサイクルのひとつと捉える向きがあるようで、市民の命や財産に影響がないところではあえて放ったらかすようです。ただ鉄道会社の財産のひとつである線路はこの様子だとどうも放ったらかしにされたようですけど・・・。



へばりつくように敷設された線路。こういう線路はジオラマで見たことはありましたが、本当にあったんですね。
トンネルと岩盤シェルター(?)はなんだかアメリカ離れした景色です。日本でもこういうのは無いし、カナダ特有の鉄道風景のひとつと言えるかもしれません。



ホッパ車とタンク車で構成されたCPの貨物列車。



CPの貨物列車。重連補機にはユニオンパシフィックの機関車が連結されています。CPとUPはそれぞれ機関車を借りて運行できるみたいな協定があるらしいです。
貨車も含めてそこらへんの境界はかなり曖昧になっています。鉄道模型をやる側にとっては色々と変化をつけられて楽しいものですが。



カナディアンの先頭が見えたので。
今にでも山崩れに遭ってそのまま死ぬだろうなっていう地形ですね、ほんと。



CNの貨物列車。
CNもここを通るということは、やはりバンクーバー~カムループスの川沿い区間はCNとCPがそれぞれ線路を所有しつつも通行に関しては両社で融通しあってるということなんでしょうな。一社では単線の線路のところを両社がそれぞれ通行できるようにすれば複線として使うことが出来て貨物のスムーズな輸送が可能なわけです。
この区間はカナダ東西を結ぶ大幹線、特にCPにとっては他の代替ルートが無いのでここの輸送量を落とすわけには行かないのだと思います。なおCNには自社のプリンスジョージ経由の北回りルートが別にあります。またCPも自社線ではないですがアメリカ内に通行権を持つ鉄道があるのかもしれません。



貨車はタンク車、材木車、ホッパ車、有蓋車、無蓋車、車運車と多種多様。このような雑多な組成が現在も行われているのも北米貨物列車の魅力です。
繋ぐ貨車は種類も所有者も何でもあり、というのは鉄道模型をやる時に考え無しで走らせられるので楽で助かります。



朝日。今日もいい天気ですぞ。



この区間本当に大幹線のようで、割とひっきりなしに貨物が何本もすれ違っていきました。この景色からは想像つかないものです。
山の中腹には信号場がありダブルストックトレインが停まっていました。あれは多分近年に建設された新線なのかもしれません。



朝ご飯の時間になったので食堂車へと向かいます。乗客が多いので食堂車だけで2両(両者は離れたところに連結されている)、それを数回ほど回転させて捌いていきます。



メニューはオムレツ、じゃがいもの細切り、ハムと果物。コンチネンタルブレックファストです。ついでにコーヒーは飲み放題。食堂車にある厨房で作っているので美味ですぞ。
ちなみに寝台車の料金には食事も含まれています。座席車にはこれがないので事前に何か持ち込むかドームカーにある売店で買うことになります。



ご飯を頂いた後は、ドームカーへ。座って少しすると、8時前に最初の停車駅カムループス駅へと到着しました。定時だと6時到着なので既に2時間遅れてますね・・・。
ちなみにこれより前にも停車駅は設定されてるんですがどこも田舎駅なので、リクエストがないと通過してしまうというバス方式。カムループスはまあまあ大きい町なので必ず停車します。



左に目をやるとダブルスタックトレインが停車しています。貨物ヤードもあるのですな。
バンクーバーから同じ経路を走っていたCNとCPはここカムループスでふた手に分かれます。ジャスパーおよびエドモントン経由の北回りはCN、バンフおよびカルガリー経由の南回りはCPの路線になります。



入換中のEMD SD40-2形CN6023号機。SD40はボンネットが長いのが特徴です。



EMD SD70M-2形CN8892号機+GE Dash8-40CW形IC2455号機の貨物列車。ここで停車して貨車ごと入換に入りました。



転線してきたIC2455。CN8892はともかく後ろのIC2455は何ぞやという感じで、まず色が違います。青い。あと報告記号もICという聞いたこと無いやつです。
最初に報告記号について答えますが、これはアメリカの旧イリノイセントラル鉄道の報告記号です。イリノイ州シカゴから南に線路を伸ばしメキシコ湾のあるルイジアナ州ニューオーリンズまで続くアメリカ中部を南北に貫く路線などを持つ鉄道でした。「旧」および「でした」と書いたのは、この鉄道は現在CNに買収されて消滅したからです。
CNって実はアメリカにも路線を持っていて、このICの買収によってCNは大西洋、太平洋、そしてメキシコ湾という3つの海に接続するという稀有な鉄道になっています。CPもスーラインというアメリカ国内で運行するための子会社を持っていて、アメリカ進出をしています。他国資本の鉄道に自国の物流インフラの一部を握られていて、アメリカ的には許せてるんでしょうかねコレ?
そんなわけで、これはCNに買収されたICの機関車なわけなのです。買収した側は買収された側の鉄道の報告記号を継続して使うことができるのでこうなってるのです。

じゃあこれはロゴはCNだけどもICの塗装なんだね、と思っていたんですが実はロコモーティブ・マネージメント・サービスの塗装で、元は同社の機関車(ex-LMSX728)でした・・・。LMSの報告記号はLMSXで、末尾にXと付いているので車両だけ保有している会社ということになります。社名からして機関車のリース会社なんでしょう。
ICがLMSから機関車を購入した時にLMSの青塗装を変更せずそのまま使い、それからICがCNに買収されたという話なわけですか、ややこしいな。



最後にGE Dash9-44CW形CN2538号機。
(たぶん)誰も乗り降りしないままカムループスを発車したところで今日はここまで。


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その13 【2015/07/08~18】

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2015年7月11日(土)9時55分
VIA鉄道カナディアン号車内
カムループスで列車は北に進路を取り、ノーストンプソン川沿いを進みます。
朝に見たような川岸ギリギリを走るようなことはせず、陸地が広がるところを走るようになった気がします。こんな風に牧草地も広がっていますしね。



ジャスパー到着まではまだまだかかりますので、車内探検と行きましょう。
マナー形寝台車には1人用個室寝台(ルーメット)、2人用個室寝台、開放二段寝台、トイレ洗面所、シャワー室があります。そう、これらの設備を1両に全部詰め込んでいるのです。
寝台の種類を1両に集中して配置する日本の寝台車とは対照的です。客車の固定編成化が進んでいた日本の寝台車と比べて、カナダでは需要の増減にきめ細かく対応する必要があったのでしょう。
マナー形には1両につき1人用個室が4部屋、2人用個室が6部屋、開放寝台が3区画、シャワーが1部屋、トイレ洗面所が2部屋という構成になっています。
ちなみにシャトー形寝台車では1人用個室が8部屋、2人用個室が4部屋、あとは同じ、という風に1人用個室を多めに配置しています。ただし今日の列車には連結されていませんでした。
シャワー室が各車にありしかも使用制限なし(もちろん常識の範囲で)というのは隔絶の感があります。トイレと洗面台も個室には各部屋にあるし、水は持つのかしら・・・。

で、この写真は開放寝台でして、二段寝台となっています。ベッドは583系などと同じレール方向に配置されたプルマン式と呼ばれるもの。ベッドを使わない時は寝台を畳んでボックス座席に変えられます。これも583系と同じ。
値段も個室よりお安くなっています。



座席形態がこんなかんじ。ご覧のとおりプライバシーとセキュリティは無いです。
というか個室寝台にも部屋に鍵がかけられないのでセキュリティは開放とさほど変わらないんですね・・・。なので貴重品は常に持ち歩いていました。ここはちょっと失点でした。なおプレステージにはカードキーがあります。



何両も続く寝台車の貫通扉を押しのけガラスルーフ形客車へ。なんせ25両(うち営業車は22両)もあるので客車を端から端まで行くだけで軽い運動です。
日本でもこれだけのものはないだろうと思うくらいほぼ窓ガラスという大変眺望の良い車両ですが私の第一印象はビニールハウスでした・・・。とはいえ冷房は効いているので蒸し焼きにはなりませんぞ。
座席はリクライニングシートで、向きを変えられるのかは・・・忘れた。
前も書きましたが、3両しか無いためカナディアンの運用全部に入れるのは無理で、当たるかどうかはその日次第です。また夏期の多客時にしか連結されません。



スカイライン形ドーム車へ。
この日の列車のドーム車はなんと3両も連結されていました。他に食堂車が2両、展望車が2両あるので営業客車22両中7両(最後尾の展望車の半分は寝台もある合造車なので正確には6.5両か)が定員のない、言ってしまえば儲けのない客車がおよそ3割を占めます。
人件費諸々も含めて、運行経費すごいんだろうな。公営だから出来るワザなのかもしれないです。単純比較できる話じゃないですがJRだったらムリでしょ。
とはいえ客にもいい値段を取らせるのでこれくらいしてもらわないと、と貧乏人は思うわけです。

脱線しましたが、3両繋がれているスカイライン形のうち1番手前の車は実質座席車の乗客用にあつらえられたものです。座席車の客はこの客車より後ろには立ち入りできない(そのすぐ後ろの食堂車には食事のために入れたかもしれない)ため、ここが唯一の憩いの場になります。立ち入り禁止の注意書きはご丁寧に日本語でも書かれているので言い逃れは厳しいぞ!
座席車客用の食べ物の売店がここにあるのですが、他のスカイライン形にはそれが無いことからもそれが伺えます。
活動範囲が自分の座席とドーム車とたまに長時間停車する駅のホームだけというのはちょっとストレスになるかもしれません。



ドーム席。定員は20名。意外とどこも空いてるんですね。



そして最後、長距離座席車。結構賑わっているんだなと。
座席には余裕があり、JRの4列グリーン車と同じくらいの座席幅とシートピッチという印象でした。座ってないのでなんとも言えんですが。

あとこれは全クラス共通ですが、Wi-Fiは飛んでいません。加えて人の住まない地域を走るため無電波地帯が多いです。11日はジャスパーに着くまで電波は入っていなかったと記憶しています。Wi-Fiルーターはどう動作するのかは分かりません。まあ一日くらい圏外で過ごすのも悪く無いでしょう。



座席車には荷物棚があります。



それと座席車には鉄道模型が置いてありました。なぜか他社の機関車ばかりでしたが・・・。



休憩がてらドーム席に座ってると信号場でSD70M-2形CN8898号機の貨物列車と離合。こっちが停車して道を譲ります。



客車の屋根を観察。冷房などは露出しておらずスッキリとした外観です。
屋根にはコルゲートが走っており、ライセンス供与を受けた東急車輌のそれと瓜二つの仕上がりは、なるほどバッド社の仕事だなと頷けるものです。縁の処理なんてのはまさに東急の電車!といえます。



別の信号場にて。
山間を走っているのでカーブが多く、右に左に曲がる列車を眺めるのは楽しいです。



カーブを抜ける手前ではCNの軌陸車が退避していました。ピックアップ改造の軌陸車は何だか強そうですね。

こんなところで今日はここまで。


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その14 【2015/07/08~18】

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2015年7月11日(土)12時33分
VIA鉄道カナディアン号車内
湿地帯のようなところを通過します。ここも山火事にあったのか?という感じの木の生え方をしています。
で、お昼ごはんの時間になったので再び食堂車へと移ります。
お昼の時間は朝食を食べるときに予め決めておきます。



本日のスープ。ミネストローネです。うまい。



白ワイン。よさ。



メイン。
海老と帆立のグリルのベリーソース和え、なんかのサラダ、スイカです。うん、あのこれはね・・・口に合わなかったぞ。
海産物と甘いソースそれぞれは美味しいのですが、それを合わせるというのは壊滅的な組み合わせでした。ベリーソースは最悪だ。これだから欧米のセンスは分からない。

メインは数種類から選べるんですけどね、コレ選んだんです。
なんでって、昨夜にも会った日本人団体客とここに来る直前話していて、彼らは既に昼食を終えていたんですけどその時これが美味しかったと口を揃えて言っていたんで、じゃあ同じのにしようとなったんです。その結果がコレだよ。
その団体客、見るからに団塊って感じの風貌の人達ばかりだったのでこの組み合わせ嫌いだと思うんですけどね、何なんでしょうね(逆ギレ
まあ全部食べたんですけど。



デザート。
名前を思い出せないけど、りんごの焼き菓子とアイスクリーム。これは激ウマ。
やはり料理の質は良いのですよ、ただ嗜好が合わなかったんだな。

自業自得とはいえ一番楽しみにしていた昼食で肩透かし喰らったんでちょっとアレな気分となりました。かなり失点・・・。
みんなもメニューはちゃんと見ような!



昼食後は一番後ろのパーク形展望車へ。ラウンジには誰もいなかったので撮影。
カナディアンの象徴といえるこの展望車にいつでも乗れるというのがこの列車の魅力のひとつです。アムトラックでは窓を大きくしたラウンジ車はあれど展望車は走ってないですから、北米で唯一定期運用に入っている展望車です(カナディアンの他にもオーシャン号などの長距離列車にも充当されています)
展望車というと大井川鐵道のスイテ82形のような開放デッキ型を想像しますが、カナディアン号の展望車はデッキのない密閉型です。1930年代以降に流行ったスタイルで、流線型の車体が美しい車両です。
なお実際に乗ってみると車内からの眺望性は意外と悪かったです。肝心の真後ろの窓が貫通扉になっていて小さいんですね。ここは流れる景色を流し見しながら談笑するというのが正しい使い方なんだと思います。
車内はプレステージ寝台に合わせて更新されているのでとても綺麗で豪華。



後ろから線路を眺める。展望車に乗った時は絶対にやるやつですな。
乗ってる分には感じないんですが結構山を登ってきているんだと思います。



ドーム席への階段の部分。この部分だけ2階建て構造になっています。
階段の横には珈琲と紅茶、あとお茶菓子があります。例によってがぶ飲み。いい加減コーヒー飲むくらいしかすることないんですね。それだけ長くてゆっくりとした時間が流れています。
他の車両へ移る時は左の通路を通ります。階下には乗務員室だとかギャレーだとかがあります。



GE Dash9-44CW形CN2200号機とすれ違い。



展望車のドーム席でボケっと過ごします。もう何も考えずに景色が流れるのを見るだけ。ある意味贅沢な過ごし方です。



段々標高の高い山が見えてくるようになりました。カナディアンロッキーが近くなってきたようです。



あれはスキー場とかになるのかな?



トンネルを通過します。これってダブルスタック通れるのかな?



湖の横を通過。ムース湖でしょう。



一際大きい山が見えてきました。あれがカナディアンロッキー最高峰のロブソン山かな?ちょっとモヤッてるけど見られてよかった。

しばらくするとあと少しでジャスパー駅に到着するとの放送が入りました。寝台車に戻って身支度をします。
ジャスパーに到着したのは17時ごろ。1時間遅れでしたがこれくらいは想定の範疇なので、まあ定時でしょうw M60は定時。

というわけでカナディアン号の旅でした。
大陸横断列車の旅を一端ですが楽しむことが出来て大変よろしかったです。2日目のお昼の後からはすることがなく、久々に頭を空っぽにしてだらだら過ごせたと思います。
カナディアンはいいぞ(クソ適当


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北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その15 【2015/07/08~18】

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2015年7月11日(土)17時9分
アルバータ州ジャスパー VIA鉄道ジャスパー駅
着きました!ジャスパーです!州を越えてアルバータ州に入ったわけですが、ここで標準時が1時間早くなります。

乗客はぞろぞろと降りていきます。バンクーバー~ジャスパーはカナディアンで最も人気のある区間なのです。
理由としては乗車時間は1泊2日と列車で過ごすにはちょうどよく、車窓もよく、アクセスの悪いジャスパーへ直に行くことが出来る、ということもあってこの区間は使いやすいのです。
恐らくバンクーバーから乗ってきた乗客の大半ははここで下車してしまったと思います。逆にジャスパーから乗車する人もいましたが降車客と比べるとまばらでした。
何だかこの区間のためだけに25両も列車を繋いで乗務員もたくさん配置すると考えるとちょっと効率悪いですね。乗務員はこの先にあるウィニペグで総入れ替えされるのでそこで人員調整はされるんでしょうが客車は終点のトロントまでそのまま走り続けるはずです。



ここまで来て客車を観察しない手はないので、後尾に回って列車撮影。ジャスパーでは長時間停車するので見放題です。
うむ、異国だな。



まずは列車の目玉であるパーク形(8700形)展望車、VIA88706(ex-VIA8706) "Glacier Park"。
展望ラウンジ、ドーム席、バー、寝台で構成された合造車です。1954年に18両がバッド社とAMF(American Machine & Foundry)で製造され現在は14両が現役(以下特記除き製造所は同じ)。車両の愛称はカナダの国立公園にちなんでいます。
2014年に通常の寝台より上級クラスであるプレステージ寝台に改造されていて、その際原番号に+80000されています。幕板部の帯が黒に変更されているので見分けは簡単です。
ラウンジ部分は流線型になっていて列車の編成に華を添えます。昔のCPのポスターに描かれている列車は大抵展望車だったのでやはり目玉だったのでしょう。
この部分もステンレス鋼で出来ていて、どこか南海電鉄6000系を彷彿とさせます。



台車に関しては無学なので写真を載せるだけにしておきます。
どの客車も同様の台車です。



シャトー形(8200形)寝台車(プレステージ仕様)、VIA88210(ex-VIA8210) "Chateau Jolliet"。
1954年に29両が製造され全車が現役。愛称はカナダの歴史上の人物にちなんでいます。
VIA88210はシャトー形寝台車を種車にプレステージ寝台に改造した車両。原型のシャトー形はルーメットを多く配置した寝台車でしたが、改造に際し室内レイアウトは刷新され全て2人用個室になりました。塞がれた幕板部のルーメットの窓が面影を残しています。改造時にやはり原番号に+80000されています。



今回の寝床となったマナー形(8300形)寝台車、VIA8341 "Thompson Manor"。
1954~1955年に40両が製造され現在は38両が現役。愛称はカナダの歴史上の人物にちなんでいます。
シャトー形とは寝台の構成が異なっており、2人用個室を多く配置しています。



ひどいランチをお見舞いされた8400形食堂車、VIA8407 "Emerald"。
1955年に18両が製造され13両が現役。愛称はカナダの有名なホテルにちなんでいます。

ちなみに数字の形式(8400形とか)は筆者が勝手に付けてるだけの非公式なものなんであしからず。



起きてる時間の大半はここで過ごしたスカイライン形(8500形)ドーム車、VIA8507。
1954~1955年に17両製造され15両が現役。愛称のスカイラインは全車共通で、カナディアンロッキーを登った登山家グループ"Skyline Trail Hikers of the Canadian Rockies"にちなんでいます。
車両の屋根から車窓を眺められるドーム席を筆頭にラウンジ、スナックバーなどを備える定員0名の車両です。



走るビニールハウスことパノラマドーム形(1700形)展望車VIA1720。
2000年にコロラド車輌で3両が製造され全車現役。
バッド製ステンレス客車で占められている列車の中でただ1両塗装が施された異端車です。コロラド車輌の2階建て展望車ウルトラドームを平屋にしたような客車で、眺望性はウルトラドーム譲りで非常に良いです。ただし窓ガラスは紫外線吸収処理されているのでここから写真を撮るのは不向き。これも定員0名で、観光シーズンにのみ連結されます。



8100形座席車VIA8142。
座席車はカナディアンパシフィック(CP)が発注した1954年バッドとAMF製の30両(VIA8100~VIA8129)と、アメリカのある鉄道が発注した1946~1947年セプタ社製の18両(VIA8130~VIA8147)の2グループに分けられます。カナディアンに使用されている寝台車や展望車等は全てCPが発注したものですが、座席車はこのように少し事情が異なっています。愛称は無し。
写真の客車はアメリカの客車ですので車齢約70年・・・。普通だったら間違いなく博物館行きなんですけどねぇ。
CP発注の客車との識別点は、アメリカ発注車は帯が貼られている幕板部にもコルゲートが走っていることと(CP車には無い)、乗降扉の角が四角いこと(CP車は角が丸い)です。当時は気づかなかったので、座席車はこれ1両しか撮影しませんでした。残念。



8600形荷物車VIA8609。
荷物車もCP発注の1954年製18両(VIA8600~VIA8617)の他にユニオンパシフィック発注の1963年製6両(VIA8618~VIA8623)が在籍しています。現在は19両が現役。写真の車はCP発注の車です。愛称は無し。
スーツケース100個やカヌーくらい大きいものでも載せられる広さが自慢。
この荷物車は全室荷物室ではなく乗務員用の寝台や休憩室、事務室などになっています。恐らく半分程度がそうなっているでしょう。何だか窓を埋めたような跡が生々しく残っていますが詳しいことは不明。
なおUP車は外観が全く異なるので見分けは簡単です。



そしてディーゼル機関車、EMD F40PH-3形VIA6420+VIA6459号機の重連です。
1986~1989年にかけて導入されたVIA鉄道の主力機関車です。VIA鉄道の他にアムトラックや大都市の郊外通勤鉄道でも導入されていて、アムトラックでは機関車としては引退しましたが(無動力制御車としてなら今も走っている)VIAを始め他の鉄道ではまだ現役なことが多いです。
VIAのF40PH-3はCPやCNから引き継いだ老朽機関車を置き換えるために登場、60機(VIA6400~VIA6459)が製造されました。塗装はもちろん、ヘッドライトが3灯、チカチカ点滅するディッチライトが台枠下に装着されるなど独自の仕様変更が見られます。おかげで模型化されない。
2006~2012年には更新工事を施工され、エンジン、モーター、電装品の換装、制御コンピューターや自己診断システムの装備、塗装変更などの工事を受けました。加えてHEPシステム(サービス用電源)を走行用エンジンから独立させて新たに別のエンジンを設置したので、その分車体後部を延長しています。そのため後ろ側のデッキは撤去されています。おかげで余計に模型化されない。

という風に走行装置はほぼ別物といえるくらいに交換されたので、当面は現役に留まることと思います。アムトラックの主力機関車P42DCが新型に置き換えられる時が換え時なんじゃないかなと思いますが果たして・・・?
運用範囲ですが、VIAにはより新しいP42DC形が在籍しているにも関わらずP42DCは短距離列車「コリドー」にのみ充当されているので、カナディアンを始めとした長距離列車の牽引機は全てF40PH-3が担当しており、カナダ全土を文字通り縦横無尽走っています。

HEPという言葉がついに出てきたんでついでに説明しておくと、先も書いたように客車用のサービス電源です。Head-end power略してHEPです。
カナダおよびアメリカのディーゼル機関車は電気式ディーゼルですから、発電ができます。走行用に使う電力を少し拝借して、あるいはHEP用発電機を別に搭載して(F40PH-3更新機は後者)客車の照明、冷暖房、電源ポートなどなどに供給しています。また客車側にも電力を受けられるよう配線の引き通しが必要です。
対して日本では客車に発電機を積んでサービス電源を供給しているので対照的です。なので北米の客車には基本的に電源車は存在しません。強いて言うと機関車が電源車も兼ねています。北米ディーゼル機関車は未だに旅客用と貨物用が明確に区別されていますが、それはHEPシステムを積んでいるかいないかというのが重要な識別点のひとつだからといえます(貨物機が客車列車を牽こうとすると・・・というのは次回)。
HEPが普及し始めたのは1970~80年代あたりからで、それまでは蒸気暖房と車軸発電機で賄っていました。カナディアンのステンレス客車も元はこの組み合わせで、後年HEP化改造が行われました。ちなみにVIAではこの組み合わせは90年代まで使われていて、意外と最近まで残っていました。



編成全体を。
重連はサマになりますね。重連で運行するのは、牽引力の増強というより航続距離と冗長性の確保が目的だと思っているんですけど、どうなんでしょう?
貨物列車が貨車100両程度を重連で運転しているんですから、それより短くて軽い客車列車なら単機でも行けると思うんです。
特に冗長性確保は重要と考えます。人気のない区間で立ち往生してしまったらタダ事じゃないですからね。



背後のカナディアンロッキーと共に。空気が澄んでいないのでイマイチですが。
ジャスパー駅はVIAの旅客駅の他にCNの貨物ヤードも備えています。



見える範囲の貨車を撮影。
LAFX60144。3ベイ・クローズドホッパ車ですね。3ベイというのは貨車としては小さい方で、きっと比重が大きい貨物・・・貨車の所有者がLafargeHolcimという建材会社なので、たぶんセメントあたりを積んでいるんでしょう。



ハイキューブ有蓋車のTBOX665955。
所有者はTTXで、北米大手の貨車のリース会社です。この有蓋車を始めコンテナ車、車運車、無蓋車、長物車など22万両の車両を持ってるとかなんとか。22万両って、日本の鉄道全てが束になっても届かなそうな数字です。



同じくハイキューブ有蓋車のDWC793126。
所有者はDuluth, Winnipeg and Pacific Railwayということになってますが、CNのアメリカ内の子会社のひとつです。

というところで今日はここまで。


その16へ→

国外追放されました 【2016/06/29】

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なんやかんやカナダで生活していましたが、ついに国外追放(ビザの有効期限切れ)を受けてしまったので日本へと帰ります。
お家からビクトリア空港までは路線バスで。荷物が重くて運ぶのが大変だったぞ。
荷物は全部で70kgくらいありました。普通に重量超過だったんで課金してしまいました。つらい。



AC8060バンクーバー行き。
いつも通りDHC-8だと思っていたんですが、CRJ-700(C-GLJZ)でした。最後にDHC-8乗るのが楽しみだったんですけどね・・・。
ちなみにCRJはDHC-8と比べてすごく静かでした。さすがDHC-8はうるさいんやな。



飛行中はガルフ諸島が見えました。途中ではフェリーが離合するところを目撃。
フェリーに乗っていると狭いところを通るんだなと思いましたが、上から見るとフェリーが小さく見えます。



バンクーバー空港に着陸。
タキシング中にエアトランザットのA330が見えたので撮影。カナダの主要航空会社のひとつながら今まで見たことがなかったので、最後の最後に記録できて良かったです。



エアカナダ・エクスプレスのDHC-8-Q400。
Q400にボーディングブリッジはアレですね。



エアカナダのA330。特に意味なし。



カナダ最後の飯、A&Wのハンバーガー。ルートビアもしばらく飲むことが無さそうで寂しい・・・。



バンクーバーから乗るのはエアカナダAC3成田行き。ANAとJALは高かったんや。



主役登場。
B777-300ER(C-FIVM)でした。



機内ではずっと機内映画を観てました。ロッキーとかXメンとか。



ロッキーは初めて観ました。フィラデルフィアの港のアレはあそこなんやなとか思いながら観てました。



機内食はハニーローストチキン。味はまあ普通。
米粒が球形でこの世のものと思えない形をしていたのが気になりました。人造ライスとかそういうものなんでしょうかね?



飲み物はモルソンのその名もカナディアン。ビクトリアではクラフトビールが推されてたんで実は今まで飲んだことがなかったのだ。



飛行中はずっと昼間でした。
座席は中央列の通路側だったので外の様子はよく知らんです。一回だけ外を見て「あああれがレイクドウィングチップか」なんて思ってました。



到着前の軽食。マカロニでした。まあ普通。



成田空港に到着しました。
やっぱ日本の空港は機材が撮りやすいのが良いですよね。



ANAのスターウォーズの特別塗装の777がいました。787だけじゃなかったんだ。
到着ゲートに着くとZBSのZeBonクンが待ち構えていました。行ったかと思ったよ。



成田からは成田エクスプレスで大船まで。乗るの初めてです。普通乗らないもの。
東京までは中々の俊足を見せてくれて見直しましたが、東京を出るとクッソ遅い速度でだらだら走ってくれてやっぱりなという感じでした。何で戸塚に停まるんだよ。
終点の大船まで乗って、そこで両親と合流して車で帰りました。

・・・という感じの帰国でした。
カナダはまた必ず行きたいところですな。
そんなわけなのでまた日本での生活です。よろしくね。

北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その16 【2015/07/08~18】

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2015年7月11日(土)17時36分
アルバータ州ジャスパー VIA鉄道ジャスパー駅
列車の撮影がひと通り終えたのと列車への補給作業でホームに居づらくなったのとで、一旦ホームから離れます。



カナディアン号から降りた乗客を出迎える観光バスが何台か停まっていたのでついでに撮影。
ブリュースターのPrevost H3-45 (2nd generation)。ブリュースターは創業してから100年以上続いているカナディアンロッキーにおける観光業の最大手です。この後もちょくちょく出てきます。



ブリュースターのMCI 102-EL3。ぬるんとしたフロントと大型バンパーが特徴。



Prevost LeMirage XL。事業社は不明。
ステンレスボディ、肩までかかった窓ガラス、角型ライトと中々要素の多いバス。角型ライトが左右1灯ずつというのは昔のエアロバスみたいです。



Prevost H3-45 (2nd generation)。上のバスとはライトケースの形状が異なります。
上のバスなんかは初代と2代目の中間の要素を持つバスなんでどっちつかずなんですが、当方ではフロントガラスが4枚なのが初代、2枚なのが2代目という風に分けていますのであしからず。・・・どうでもいいな、こんなこと。



Prevost H3-45 (1st generation)。こっちが4枚窓の初代ですね。
銀色の通常塗装ではない水色のバスですが、これは路線バス用のブリュースターコネクトという車両。カルガリー~バンフ~ジャスパーを結んでいます。



ジャスパー駅の駅舎の中はこうなっています。小さい駅舎です。
VIA鉄道のカウンターの他にレンタカーも入っていて、ここで借りることが出来ます。我々もここで2台目のレンタカーを借ります。
手続きが済むまで外で待っていると・・・。



!?
ジャスパー駅にロッキーマウンテニア鉄道の列車が入ってきました!これはノーマークだった・・・。
急いでホームに向かいます。ちなみにカナディアンはいつの間にか出発していました。



列車はバンクーバー~ジャスパーの「ジャーニー・スルー・ザ・クラウド」号。
先頭の機関車はEMD GP40-2LW形RMRX8014(ex-CN9633)号機。元カナディアンナショナルからの中古機だったこともあってボンネットが車幅いっぱいにまで広がっているワイドキャブというタイプです。
報告記号の末尾がXなので、列車の運転はCNに委託しているようですね。



次位機関車はEMD GP50形NREX2906号機。色が地味だしロッキーマウンテニア鉄道の報告記号とも異なりますが、これはNational Railway Equipment社所有の機体。リース機ですね。
新製配置はシカゴ&ノースウェスタン鉄道(CNW5056)でしたがユニオンパシフィックに買収されたり別のリース会社に譲渡されたりで現在に至ります。



さて、これらの機関車はもとは貨物機です。前回貨物機が客車を運転しようとするとどうなるかと書きましたが、その答えのひとつがこの電源車(RM9270)を造ってしまうです。これでHEP用のサービス電源を供給するのです。
ロッキーマウンテニアは夏期しか運行しないから蒸気暖房はいらないし、客車には車軸発電機を備えればいいのかもしれませんが、恐らく車軸発電機だけでは供給が足りず不安定だったのだと思います。
前回書いたように日本と違って電源車というジャンルは元々存在しないので、改造車となります。グリルが車体各所に開けられていますが、種車は荷物車だろうなというのが一発で分かる程度には原型を留めています。元々はCNが1954~1955年に製造したものです。



RM3217。乗務員用の客車です。事務作業とか休憩とかするんだと思います。これも元はCNの客車。
RMの客車の塗装は紺と金と白の流れるような塗装が秀逸ですね。



RM2006。シルバーリーフ用客車です。窓が大きくなっている他、乗務員車と較べて車体が綺麗になっています。まさか車体載せ替えまではしてないとは思いますが。



RM2002(?)。食堂車っぽいような気もしますがよく分からないです。
後ろのウルトラドームは昨日も見たしパスしました。



ロッキーマウンテニアの列車の前にはVIAの列車が対面するように留置されていました。
ジャスパー~プリンスルパート線(旧スキーナ号 5/6列車)の列車でしょうね。そういえばカナディアンがジャスパーに到着する直前にこれと並走していました。
スキーナの列車が先着して、まず乗客をとっとと降ろしたら一旦退避して、その後カナディアンが到着。カナディアンが発車したら再びホームに付けて乗客の荷物を降ろしていました。また退避中に方向転換を済ませていて、翌日のプリンスルパート行き5列車に備えています。

ジャスパー~プリンスルパート線も面白そうな列車です。起点と終点がどっちも田舎です。せめてジャスパーの方はエドモントンまで延長してもいいんじゃないと思います。プリンスルパートは港湾の町です。太平洋を渡る貨物はここに集まるとかなんとか。
乗車時間は2日間と長いのですが寝台車は連結しておらず、途中のプリンスジョージのホテルで一泊するようになっています。
やはり観光色の強い列車で、パーク形ドーム車とパノラマドーム形客車を連結しています。特にパノラマドームについては、ここに連結するのかと思いました。全3台中の2台をジャスパーで見ることになるとは。カナディアンでこれに乗れたのはラッキーだったんだなと改めて感じました。

脱線しますが、ビクトリア~(バス)~ポートハーディ~(フェリー)~プリンスルパート~(鉄道)~プリンスジョージ~(バス)~バンクーバー~(フェリー)~ビクトリアの経路で一筆書できます。一週間くらい移動しっぱなしという過酷な旅ですが面白そうで、ちょっとやってみたいですね。特にポートハーディ~プリンスルパートのフェリーはフィヨルドの間を航行するのでとても風光明媚なんだとか。

機関車はF40PH-3形VIA6451ですね。他に荷物車とエコノミー座席車が1両ずつ。・・・短いですな。



引きで撮ってみる。奥の貨車は運材車です。



ロッキーマウンテニアの方も。

この後レンタカーを受領して、近くにあるB&Bへチェックイン。そしたら夕飯を食べに行きました。普通のA&Wのハンバーガーでした。
これで4日目は終了です。翌日へ続く。


その17へ→

北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その17 【2015/07/08~18】

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5日目を始める前にカナディアンロッキーについて軽くおさらいです。
カナディアンロッキーというのは名前通り、カナダ領内にあるロッキー山脈のことです。南はアメリカとの国境、北はユーコン準州の端っこまであります。
域内にはバンフ、ジャスパー、クートニー、ヨーホーの4つの国立公園があります。私達のような観光客が気軽に行けるようなところはほとんどこれら国立公園の中にあります。
カナディアンロッキーには北から順にジャスパー、レイクルイーズ、バンフの3つの主要拠点があります。この内一番大きい町はバンフで、ロッキー観光の拠点としてよく利用されます。我々が今いるジャスパーはあまり大きくないです。

で、今回はジャスパーからバンフへ向けてレンタカーで南下しながら、道中に点在している名所を回っていきます。改めて数えてみると結構回ったんですね。
滞在日数はジャスパー、レイクルイーズ、バンフで各2日ずつの計6日間です。このくらいあると有名どころは全て回れると思います。
そしてバンフからはカナディアンロッキーの玄関カルガリーに抜けていって帰るというわけです。

ということでおさらいおわり。



2015年7月12日(日)10時5分
アルバータ州ジャスパー ピラミッド湖
今日からカナディアンロッキーを攻めますよ!まずは肩慣らしみたいな感じで、ジャスパーの町の北にあるピラミッド湖へやってきました。まあ絶対行くべきところってほどではないです。本当に肩慣らし。



なおレンタカーは日産アルティマです。これを借りるのは2回目だったような。
アルバータ州ではフロントにナンバープレートを付けなくていいそうです。スッキリしているような物足りないような。



湖はこんな感じです。ピラミッド山の麓にあるからピラミッド湖。簡単でしょ?奥に写っている山がピラミッド山です、きっと。
貸しボートとかあるんですがそういうのは一切やりませんでした。



湖には小島が浮かんでいて、橋でそこまで渡れるので行ってみましょう。



島の中は松林です。



山の頂上はちょっとアレですけど麓の方は晴れてるし湖面も静かだしボートするにはいい天気ですね。



遊歩道はこんな感じ。いいでしょ?



今週の野鳥、コマツグミがいたので撮影。虫を捕まえてごきげん。



すぐに別の虫を捕まえました。やりますね。

ピラミッド湖はこんなところで撤退。次に向かいます。


その18へ→

北米project 3 ~Encouragement of Canadian Rockies. その18 【2015/07/08~18】

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2015年7月12日(日)12時16分
アルバータ州ジャスパー ジャスパースカイトラム乗り場
ピラミッド湖を後にした一行は、今度は町の南の外れにあるウィスラーズ山の麓へ。BC州のウィスラー山と名前が似ていてややこしいです。検索してもウィスラー山の方ばかりヒットしますね。
ウィスラーズ山の標高は2464mあります。麓の標高は1200mくらいあるので歩いて登ろうとすると1200mくらいを登らなければなりません。これはキツそう。
ですがここには「スカイトラム」という索道が通っていて、これに乗ることで標高2276mまでショートカットすることが出来ます。頂上までの標高差は200mくらいなのでこれだと素人でも制覇出来ます。
というわけなので今からこれに乗ります。



ちょうどゴンドラが麓に降りてきました。詰め込めば20人くらい乗れそうな大きさです。
赤と白というのはスイスっぽい印象です。カナダ国旗も赤と白ですけどね。



チケットを購入して、ゴンドラを数便待ったら乗車。



山頂側へ向けて発車。一気に1000m以上登るので中々スリリングです。



登っている途中で貨物列車が通っていました。積荷はコンテナです。
今回もこの後何度か貨物列車を目撃するんですが、物欲センサーが働いて見たい時には現れないんですね。中々困りましたね。



あんまり長いんで貨車の間に機関車を挟む中間補機がたまに見られるのが特徴。



段々麓の景色が見えるようになってきました。
右側を流れる川がアサバスカ川。その左にあるのがジャスパーの町です。開発が制限されているので町の規模は大きめの集落と言えるくらい小さいのです。



麓に下っていくゴンドラとすれ違い。森林限界を超えて荒々しい山肌が見えるようになってきました。



山の向こう側が晴れてきました。
頭一つ突き出た岩山がピラミッド山です。なるほどピラミッドの形だなと。
その麓に広がるのがさっき行ったピラミッド湖です。ピラミッド湖は湖面に島が浮かんでいる奥のほうです。手前の小さい方はパトリシア湖です。



山頂側の駅に着きました。ここから頂上までは標高で200m登り、距離にするとだいたい1.5km歩くことになります。



登山道はこんな感じ。足場は岩だらけですし、最初の数百mが勾配が大きく割りとキツかったです。写真に写っている最初の稜線を超えれば後は比較的楽ちんだったと思います。



山の尾根がいくつも重なっている景色は好きです。これはいいですよ。



昔、大崩壊が起きたのかもしれないと思うような山肌。
こういうところを歩くのは危ないので登山道は尾根にあります。



露出している岩盤。
同じ方向に幾つもの筋が通っていて、これは氷河期に氷河により削られてできた傷跡です。カナディアンロッキー一帯にはこのような岩石が至る所で見られます。



途中には岩の上で逆立ちしている人がいました。あっぱれですね。

今日はここまで。


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